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渋谷のQ-FRONT内のスタバに入り窓際の席に座った。なんちゃらかんちゃらフラペチーノという長ったらしい名前の飲み物を片手に眼下のスクランブル交差点を見下ろした先輩は、
「見ろよ、浩平。人がゴミのようだぞ」
などと、無邪気に笑いながら昨日テレビでやっていたアニメの名台詞を口にする。僕たちの周りは外国人観光客ばかりで、信号が青に変わると一斉にシャッターが切られた。ここは世界一の歩行者数で、人々がぶつからずに歩いていくのがまるで芸術のようで珍しいのだとテレビで言っていた。
「女っていうのはな、とにかく運命とか偶然とかいうのに弱いんだよ。だからこっちとしてはその運命っていうのを演出してやればいいわけよ」
先輩は普段は掛けていない菅田将暉みたいな丸眼鏡を指で直しながら言った。全然似合っていないがそれは口にできない。会社の飲み会で長らく彼女がいない、彼女が欲しい、という話をしたのが一昨日のことだった。翌日になって出社するやいなや「明日俺がナンパに連れてってやるよ」と半ば強引に休日の渋谷へ連れ出された。そのくせ先輩は女の子に声をかけることもなく渋谷の街をただフラフラと歩き回り、歩き疲れたからと言ってこのスタバで休憩しだしたのだった。
「あの交差点は一日にどのくらいの人が行き来してるか知ってるか?」
「さあ、十万人くらいですか?」
僕の答えに先輩がニヤリとした。正解ではなかったが先輩の望んでいた答えだったのだろう。右手を大きく開き、指をぴんと伸ばし、ドヤ顔をした。
「五十万人だ。その中からたまたま居合わせた知り合いを見つけたら、それはもう運命だと思わないか?」
僕は黙ってコクリと頷く。先輩はクリームがたっぷりと乗った甘ったるそうな飲み物をズルズルと音を立てて飲み干すと、再びスクランブル交差点に目を落とした。「見張る」という表現がぴったり来るくらいに真剣な眼差しだが、行き交う人々の顔も判別できないのに先輩はなにをしているんだろうと思うと、その真剣さも滑稽に見えてきた。
「浩平、ちょっとこれ掛けてみろよ」
黙ってちびちびとアイスコーヒーを飲んでいた僕がよほど退屈そうに見えたのか、先輩は掛けていた眼鏡を外した。僕はためらいつつも菅田将暉風の丸眼鏡を受け取り、恐る恐る掛けてみる。
なぜかニヤニヤとする先輩の頭上に数字が浮かんでいた。怪訝に思いながら周囲を見回すとやはり頭上に数字が見える。ところが五千近い先輩の数字に比べ、ほとんどの人が「1」だった。これがもしも戦闘力ならば先輩はサイヤ人かなにかだ。
「その数字がなんだかわかるか?」
「さあ、戦闘力かなにかですか?」
僕の答えに先輩が大声で笑いだし、周囲からの注目が集まった。先輩はそんなこと全く気にならない様子で僕から丸眼鏡を取り上げた。
「これはな、いままでにそいつと会った回数だ」
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