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「じゃあ、明日も元気に学校に来ましょう。さようなら」
青木周平は大きな声でそう言うと、子どもたちは声を合わせて「さようなら」と言った。同時に、椅子を机の上に上げる音が教室に響き渡る。周平はその様子を見ながら、そっと胸を撫で下ろしていた。最初にこの二年一組の教室に足を踏み入れたときから、周平は一瞬たりとも、肩の力を抜くことができなかったのだ。
自分が小学生のときは、先生の話などに真剣に耳を傾けたことはなかった。ところがいざ自分がそれをやってみると、ホームルームでの簡単な連絡をするだけでも、神経を擦り減らしてしまう。
先生という仕事は決して楽ではないということを、周平はあらためて実感していた。
「青木先生!」
突然自分の名前を呼ばれたので、周平は驚いて声がした方を振り向いた。誰かに先生と呼ばれることには、まだ慣れていない。
そこには箒を持った女の子が立っていた。話を聞いてみると、どうやら掃除当番の『ダマくん』が、勝手に帰ってしまったらしい。
周平はその女子生徒の顔を、今朝見た名簿の写真と照らし合わせる。十八名しか居ない田舎の学級なので、周平は数秒でその生徒の顔に辿り着いた。
「えーっと、畠中さん。その『ダマくん』って子の名字は分かる?」
周平は聞いた。するとその女子生徒は少し考えたあと、首を傾げながらこう言った。
「分かんない。背はちっちゃくて、青色の半ズボンを履いてる男の子」
「そう、分かった。明日その子に言っとくよ」
周平がそう言うと、その生徒は「はい」と返事をして、友達らしき女子生徒の集まりめがけて走っていった。
今日は全ての当番が変わる日である。その子は、それをうっかり忘れているのだろう。そう思いながら、周平はふと、窓の外を眺めた。
この教室は二階にある。さらにこの校舎自体が高地にあるので、窓からの景色はかなり良いのだ。
そして周平は、今日一日で何度も、その景色に魅了されていた。十二年前、卒業した日の景色と、全く変わっていない。この町に戻ってこれて良かったと、周平は思った。
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