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あの子は例の男の子ではないかと、周平は思った。だが、わざわざ連れ戻してくるのもどうかと思い、今日のところは掃除を免除してやることにした。
そういえば自分も一度、山に遊びに行く途中に、先生に見つかったことがあった。危ないからという理由で、危うく山を立ち入り禁止にされるところだったのを覚えている。
あのときは、まるで世界が終わるかのように絶望していた。特にいつもの三人のうちの一人は、放課後の山に行けなくなることを極端に嫌がっていた。結局最悪の自体は免れたのだが、今考えると、それは彼の訴えがあったおかげだろう。
正確に言うと、彼自身が職員室に乗り込んで文句を言ったりしたわけではない。むしろ彼は、クラスでは全く目立たない、無口な男の子だった。仲の良かった周平でさえも、彼が喋っているところは見たことがないほどだ。
しかし彼には、独特のオーラのようなものがあった。彼といると、不思議と何をやっても楽しいのだ。そのオーラのせいもあってか、なぜか周平たちは、彼を中心に一致団結した。
そのおかげで、周平たちの意見が通ったのか、先生たちの山封鎖作戦は尻切れトンボに終わったのだった。
周平は、十数年前の楽しい思い出を一つ一つ噛み締めるように、ゆっくりと階段を下りていく。ところが、途中から放課後の山に関する思い出は、全く浮かんでこなくなった。
周平が高学年になってからの遊びは、今運動場にいる子どもたちがしているような、大人数でのサッカーに移り変わっていた。
そして彼はいつの間にか、学校から忽然と姿を消していた。どこかに転校したという話もなく、ただ、いなくなってしまったのだ。
いっぽうその頃周平は、他の友達とつるむようになっていた。他の子たちも皆、最初から彼は居なかったかのように、変わらぬ毎日を過ごしていた。
それから大人になって、小学生時代を懐かしむようになるまで、周平は彼を思い返すことはなかった。
一階に下りると、開け放しになった校舎の出入り口から、五月蠅い蝉の鳴き声と、それに負けないほど元気な子どもたちの声が聞こえてくる。それは都会のそれとは違った、のんびりした騒音だった。
周平は、この雰囲気がとびきり好きだった。ずっとここにいると、どこかに吸い込まれてしまいそうだ。
彼も吸い込まれていったのかもしれないな、などと思いながら廊下を進んでいると、鋭い怒鳴り声が耳に飛び込んできた。どうやらそれは、さっき通り過ぎた一年一組から発せられたものらしい。
周平はそっとその教室を覗いてみた。
そこでは一人の男の子が、床に散らばった画鋲を見て呆然としている。そしてそれを見て声を上げていたのは、年老いた女の先生だった。いかにも気の強そうで、まず生徒たちに嫌われるであろうおばちゃん先生といった感じがする。
ところがしばらくそれを見ていると、ふと頭に浮かぶものがあった。あの先生はたしか、周平が二年生のときの担任、桜木先生だ。
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