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四 死して後も
『おめえが出発するんはの、そうじゃ、わしの葬式が終わってからじゃ。それまでは許さん』
勝手なことを。
正直、有朋は思った。別に、高杉の許可を得る必要など本当はない。京の探索は藩命だ。有朋自身が行きたいと望んで、方々に斡旋も頼み、そして藩の許可を得た。さっさと準備を済ませて、出発すればいい。高杉の駄々になど、付き合う余地はない。
余地はない、はずだった。
高杉さん。
長州の魔王を思い、有朋はほろ苦い笑みを浮かべるしかない。
結局―――有朋は出発できなかった。高杉の言ったとおり―――その葬儀が終わるまでは。もう少しもう少しと―――雪が融けるまでやら梅が咲くまでやらと引き延ばされ、出発してすぐに自分が死んだら一生後悔するぞと脅され、ぐずぐずと長州に留まってしまった。三月に同じく許可を得た伊藤俊輔が、四月には揚々と京へ向けて旅立っていったというのに、有朋は結局、四月十六日に高杉の葬儀を神式で執り行い、五月に入ってから京へと出発した。
そうまでして、有朋は長州に留まったというのに。
よりにもよって、有朋の婚礼の夜。どうしたところで抜け出しようのないその日の真夜中に、呆気なく、高杉はこの世を去ってしまった。「狂介はまだ来ねえか」―――その言葉を最後に。
☆
どこまでも勝手で甘ったれで、そしてどこまでも眩しかった長州の魔王。若い日の有朋の憧れの全てだった、稀代の風雲児。
「何が、「まだ来ねえか」じゃ」
ぼそりと呟く。有朋がどんなに行きたくても絶対に行けない日を、まるで選んだように死んだくせに。
井上に与えた太政官札。あれも何だか高杉にもぎとられたような、そんな気がしてきた。
死んでもなお、あの男は有朋を縛り、いいように振り回すのか。
有朋は苦笑を浮かべ、それから再び卓上の書類を手に取り、読み始めた。
< 了 >
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