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人の列がさあっと分かれた。右に行く人、左に行く人の群れが離れて、直進するのは俺のほか数人だけになった。縮まらないように思われた距離はどこへやら、数十歩も進めば、ガラスの扉に突き当たる。
俺は何を目指して歩いていたんだっけ。白い銃が並ぶ、恐ろしい道を行軍して――「気を付けろ」と言われたような――誰に? 妻に……子どもに……違う。二人とも出て行った。帰ってこない。そうすると……金魚だ。白い金魚。俺自身のような、寂しい金魚……。
――街路樹の影がなくなって、陽射しが一瞬で目を焼いた。反射的に瞼が閉じようとする。しかし視界の端に映った眩い姿に、目の周りを震わせながらも釘付けになった。
演出めいた陽を受けて、三つの花を付けた白百合――いや、金魚、の群れ――俺に背を向けて泳いでいく、白い金魚たちの、照り輝く優美な尾ひれ。
その反射光は真っ直ぐに、俺を貫いた。
平衡感覚を失った体を、ひどく打ち付けた。と思った瞬間、障害物を通り抜けて、急速に沈み始める。体を支えるものがない。水の中? 真夏の陽射しが遠ざかる。相変わらず、寒い。
去っていく金魚の後姿がよぎる。見知らぬほかの金魚とともに。
いいや幻だ、あいつに仲間なんていない。群れるなんて、ありえない。
――――でも、あいつは金魚だ。金魚の習性は、子どものために、調べたことがある。もう傍にいない、子どものために。
瞬間、理解した。あの金魚は、俺とは違う。どこも、似ていなかった。
だから俺はあいつを、殺そうとは思っていない。
沈みながら手を伸ばし、触れたこともない尾ひれの感触を探して、呟いていた。
「行かないでくれ」
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