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栗バトン
(あぁ、おいしかった。
やっぱり、栗ごはんはシンプルなのが一番。
今度はおばあちゃんになにかお土産でも持って行ってあげよう。)
お腹も心も満たされた私は、どこか弾むような気持ちで歩きなれた道を歩いていた。
(……ん?)
道の真ん中になにかが転がっている。
自然と好奇心が刺激され、私はその場所へ急いだ。
(……なんでこんな所に?)
それは、まだ初々しい緑色のいがのついた栗。
なんでだろ?
このところの私は、妙に栗と縁があるみたい。
(あ…そういう季節だからか。)
でも、おかしい。
見渡したところ、栗の木はないから、誰かが持って帰る途中に落とした??
そうっとそれを手に取ると、その下には小さなメモがあった。
『この魔法の栗を拾った方は、必ず届けて下さい』
(え……??)
どうしよう?
なんだか面倒くさいことに巻き込まれてしまったことに気付いて、私は混乱した。
第一、届けて下さいったって、相手のことが何も書かれてない。
それをどうやって届けろっていうんだ!?
(はっ!もしかしたら……)
私はもう一度、あたりを見渡した。
もしかしたら、ドッキリ系の番組なんじゃないかと思ったのだけど、カメラらしきものはどこにも見当たらない。
でも…魔法の栗…だなんて、きっとこれはいたずらに違いない。
たとえば、学生たちの間で流行ってるのかも…うん、きっとそうだ…だから、こんなものは気にする必要なんてない。
そう考えて、私は元の場所に栗を置こうとしたけど、栗は私の手を離れない。
(……なんで!?)
途端に、お腹の底から言い知れぬ恐怖が込み上げた。
(も、も、もしかして、これって、魔法っていうより、呪いとか祟りとか……)
思いっきり手を振ってみたけど、栗は私の手に貼りついて全然離れない。
(ひーーーーーっっ)
私は慌てて立ち上り、家に向かって走った。
家に戻ればなにかがどうなるってわけじゃあないけど、それでもとにかく家に帰りたくて…
「あっ…」
曲がり角を曲がった時、ちょうど若い女の子が歩いてくるのが目に映った。
(…そうだ!)
「あ、あの…」
「……はい?」
酷く愛想のない声に一瞬ひるんだ。
でも、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。
「あ、あの…お届け物です。」
私が栗を差し出すと、女性は反射的に手を出して、栗はすんなりと私の手を離れた。
「わっ!やった!」
「い、いた。何の真似ですか?」
「えっと、それは魔法の栗で…届けることを頼まれたんです。」
「はぁ?言ってることがよくわかりませんが…」
「多分、願い事を叶えてくれるとかなんかそんなじゃないですか?」
「何言ってるんです?
だいたい、あなた……」
女の子の顔が険しいものに変わった。
やだなぁ…口が立ちそう…走って逃げようか?
でも、この子の方が私よりずっと若いし、きっと追いつかれる。
(どうしよう…?)
私の頭がパニックのピークに達した時、不意に穏やかな声が響いた。
「あ…こんにちは。」
「あ…篤史さん……」
けっこうカッコいい青年が女の子に声をかけた。
どうやら、知り合いみたいだ。
でも、女の子はその人の名前らしきものを呟き、小さく会釈をするだけで、挨拶に返事もしない。
「じゃ、じゃあ、届けましたからね!」
これをチャンスと私はその場所から駆け出した。
彼女には悪いけど、ずっと栗を手にくっつけてるわけにはいかないから。
思った通り、彼女は私を追いかけて来なかった。
家に辿り着いた私は、ソファに腰掛けペットボトルのお茶をぐびっと飲んだ。
(一体、なんだったんだろう、あれ?)
酷く気にはなりつつも、やっぱり関わるのはごめんだ。
出来るだけ早く忘れよう……
私はテレビのスイッチを入れた。
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