オーバーキル

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曇天に覆われた高層ビルの屋上から見える、行き交う人々の群れ。 色とりどりな髪色の頭も、あふれるほどなら濁りきった泥川と化す。 淀みきった鈍々(どんのろ)の波が、道路に沿ってどろどろと蠢いていた。 屋上からその様を見下ろせる位置に、大・中・小と真っ直ぐに伸びた純白が3つ並んでいた。 もぞもぞと同時に動いたかと思うと、そこから人の顔を覗かせる。 それぞれが1枚の長くて大きな布で、全身を覆っているのだろう。フードのように頭を覆っていた部分だけを全員が下ろし、その身は純白の布に包まれたままにしていた。 とびきり上質で清潔そうな布は、眩しすぎるほど。 下でうねっている大いなる濁り──人ごみとは、まるで正反対の輝きを放っている。 「見ろ。まるで人がゴミ川のようだ」 屋上から冷酷に吐き捨てたのは、いちばん大きな青年。 風になびく彼の短い金髪は、地を這う泥を消し去りそうなほど強い光を持っている。 「ゴミ川のようだ、っていうかまんまゴミだろ」 金髪の青年の隣から、その言葉を訂正してさらに泥を上塗りする言葉が放たれる。 それは青年より少し小さい、銀髪の少年からだった。 彼の腰まである長い髪が、彼らが言う汚泥の川に見せつけるかのごとく、さらさら風の中を流れていく。 「ゴミがあふれて川にまでなってる──って、言いたかったんでしょ」 そのまた隣から、これも容赦ない訳がとんで来た。 その訳を入れてきたのは、白金の髪を持った、見た目幼い男の子。 成長するまま伸ばしてきたような、肩ほどまである髪。どこか楽しそうな彼と風に合わせて、その美しい髪は軽やかに揺れていた。 「まあ、そういうことだ」 そして会話は、金髪の青年へと返る。 「つまり、ゴミはゴミってコトで合ってるよな?」 「ボクらの祖も、生み出した(モノ)がゴミになるなんて思ってなかったんだろうね……かわいそう」 彼らの口から出てくる言葉は、眩い輝きを持つ彼らの髪色と対極にあった。 彼らは彼らが『ゴミ』と称する、下の人ごみをその目に映す。 全ての瞳に、慈悲や慈愛のあたたかな光は宿っていない。 彼らにとって『それ』は、百害あって一欠片(ひとかけ)の利もない、単なる汚物。 そして『それ』を創りだしたのは、この世の頂点であり唯一である、尊き彼らの祖。 彼らにとってその現実は、ずっと受け入れ難いものだった。 それなら『ゴミ』ごと処理してしまえばいい──それを密かな使命として、ついに彼らは下界(ここ)まで降りて来た。 「じゃあ手はずどおり──まずはボクが雷を鳴らして落とす。何事も開始の合図は広く大きく、そして楽しく伝えないとだもんね」 見た目幼い男の神から伝えられたのは、計画の最終確認だ。 「次に、オレが風を喚ぶ。強き怒りの息吹に晒され、ゴミなどたちまち飛んで逝くだろう。ある程度は、その場に溜まるだろうがな」 隣の少年が、男の子に続ける。 「そして最後に、私が全てを押し流す……神の大いなる涙に身を委ね、原始の海に還るのだ。彼らも本望だろう」 青年がほんの少しだけ、これから犠牲となる者たちへ最大限の思いやりらしき言葉を添えた。 所詮は言葉の上だけでしかなく、相手にはむしろ嫌味でしかないが。 彼ら三柱の会話も姿も、人間には聞こえることも見えることもない。 遥か下で変わらぬ日常を過ごす人々はもちろんのこと、彼らがいるビルの屋上に来た、作業着姿の若者とて例外ではないだろう。 目深に被っている帽子と長い前髪、それと大きなマスクのせいで、視線や顔はほとんど見えない。 だが少なくとも、神たちのいる場所を向いてはいなかった。 先ほどから話し合っていた三柱の神と近い距離に来ても、何食わぬ様子で清掃用具の詰まったメンテナンスカートを漁っている。 「なんだよもう、これからって時に……」 汚らわしいモノの侵入に、雷を呼ぼうとしていた神が苛立ちの視線を向けた。 どんなに感情を乗せて睨もうとも、人間には見えるわけがない。睨まれた方は彼と違って、自分の仕事に専念したままだった。 「今さらそんなモンに構うな、早くしろよ」 「ゴミに気を取られて使命を遅らせるとは……」 「──っ、わっ分かってるよ!」 二柱の神から咎められ、慌てて小さな神は再び使命のため動き出す。 その右手を天に掲げると、彼の体が空中に浮かんだ。 不可思議な言語が彼の口から唱えられるが、その言葉がどんなものかは、およそ表す手段がない。 唱えられるごと、彼の体にその髪よりも強い輝きを持つ白金の光が宿っていく。 清掃員には、その光すらも見えないのだろうか。 強い光を眩しそうにする素振りもなく、変わらずカートを漁っている。 掃除道具なのだろう、片手に長い柄を持ちながら、カートの中にあるものを何やらガチャガチャといじっている。掃除の準備をしているようだ。 二柱の神も、これから処理するゴミの様子などもう見てはいない。 ざわざわしている下の人ごみも、もちろん含めてだ。 屋上から2、3メートルほど上。 白金の光に包まれていく神を、二柱の神は見守り続けた。 小さな神の体は幾重もの光に包まれ、ついに光の繭となる。 中心にいるであろう彼の姿は、外側から捉えられなかった。 「おまたせ──準備できたよ」 光の中心から、自信に満ち溢れた幼い声が響く。 その言葉に、金髪と銀髪の二柱は笑顔で頷いて応えた。 光の繭からも、うん、と小さく返す声が聞こえる。 「さあ。終末のはじまりだ──」 天高く掲げていた右手を、彼は振り下ろそうとする。
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