おたくのお隣、だぁれ

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 街道沿いにずらっと並ぶのは、今夜のパレードを見る為に集まった観客の人だかり。人間同士がぎゅうぎゅうと押して押されて、拓斗は「ぐえぇ」と潰された。中学二年になっても未だ成長期の訪れない拓斗の体はとても小柄だ。  更にはぎりっと思いっきり足を踏まれて悲鳴を上げる。「ごめんね~」と甘ったるい声で謝罪してきたお姉さんは、そのまま人混みの中に逃げてしまう。  (こんな混雑している場所に、ヒールなんかはいてくるんじゃねえ!)    例年に漏れず、本年も夏の最高気温は絶賛記録更新中だ。夕暮れ時だというのに、この暑さたるや。そこに人の熱も加わるのだから、たまったものではない。  ――くそ暑ぃ。と額の汗をぬぐいながら拓斗はぼやく。  今頃友人達は『穴場』で混雑と無縁に、悠々やっているのだろう。  拓斗だけがこんな人ごみに揉まれている。  理由は、彼女がいないから。  拓斗達の中でも、リーダー格である英二が『穴場』に自分の彼女を連れ込む事を宣言し、じゃあ俺も、俺もと他の友人達が賛同して。結果彼女のいない拓斗だけが、「雰囲気を壊す」という不本意極まりない理由で除け者にされたのだ。  人ごみは好きじゃない。それでもここにいるのは、除け者にされた悔しさと、だったら是が非でもをパレ―ドを見てやるという意地だ。  特に今年は終戦百周年とやらで、一際派手な出来になっているという噂だ。下手に見損ねて、明日学校で話題から置いてけぼりをくらうのは勘弁である。    何とか前に出ようとする周りの動きに両足踏ん張って耐えながら、拓斗は僅かな隙間から街道を覗き見る。    「時間ね」と、観客の誰かが言った。  辺りの夕闇が、一際濃くなった気がする。合わせて聞こえるのは、何やら和風っぽい音。拓斗にだって三味線や和太鼓ぐらいは知っているけれども。  ――ああ、ほら、ほら。  吹き手もいないのに宙をふよふよ浮いている、あのいくつも小さな筒が並んだ笛だとか、弦が沢山張られた楽器の名前はさっぱり解らない。ただ、和風っぽい音楽はちょっと格好良いな、と思うぐらいだ。  次いで、ぽぽぽんっと街道の向こうからあちらの先まで。  観客達の頭上をずらっと、提灯が現れた。これまた持ち手がいない、提灯だけが浮いている。  真っ赤な火が灯って、誰かが言った。―――さぁさ、祭りの始まりだ。    『やぁや、皆様ご観覧。今宵はついに百年目  影に闇にと朧に住まう、あやし我らが来たりてさ  あやしあやしの妖怪行進、さぁさ行く』  頭上の提灯お化け達が一斉に地上の人間達の方へ向き直って、一つ目を光らせながら、ゆらゆら左右に揺れる。  街道にぼうっと現れたのは、牛と馬の大金棒を持った鬼達。彼等を先頭に、その後ろにはろくろっ首に、ぬっぺらぼう。  にゃんにゃん、にゃごにゃん。行進の幅を大きく占領して闊歩するのは尻尾を二つ生やした化猫の群れで、笛や太鼓に奏でる犬神にお稲荷様が続く。――あ、犬神が化猫の尻尾踏んだ。  喧嘩を始めた犬と猫を、くるんとひとまとめにした一反木綿がそのまま空を飛んで、提灯達の合間をぬう。  数匹の猫が器用にも木綿の縛りを抜け出して、提灯の上に着地すると、眼下の人間達に向かって片手をあげてお愛想。――「にゃあお」。  ぽくぽく、ちーん。お葬式で聞くような音と共に進むのは、半透明の幽霊、七人岬。のろのろ遅い彼ら彼女らを、後ろから一本だたらと阿吽の兄弟が三人がかりで押している。  一行の中心では金銀きらきら、装飾の派手な山車が文車妖妃と朧車に引かれて、さらに上からは赤や黄色や白や青。色鮮やかの和紙。  降らせているのは山車の周りを飛ぶ烏天狗に仏法僧、姑獲鳥。    人々はやんややんやと妖怪達のパレードに両手を打つ。  たった一日、たった一夜だけ見られる妖怪達のパレードは、現代によみがえった百鬼夜行。  妖怪と人間の大戦争があったのが丁度百年前。それ以降、終戦記念日には昼は人間達が、夜は妖怪達が終戦協定の結ばれたこの街で盛大に祭りを開く。  普段妖怪達はこの街から繋がる世界の裏側に住んでいるから、人間が妖怪の姿を直にみられるのはこの時ぐらいなものである。  お互いがお互いの住処を守り抜くために戦い、憎み合い、奪い合い、殺し合った果てに結ばれた和平への喜びと、そして犠牲になった者達への悼みの祭り。今日だけはお互い垣根を越える日なのだと、これは偉そうに語る大人達の受け売りである。  百年は人間にとって長い。当時を直に知る者は既になく、人間から見れば百鬼夜行は一年に一夜だけ見られる娯楽だ。  海法師が水で作った魚やイルカや果ては鯨などが、輪入道の作った火の輪をひょいひょいくぐりぬけていく。人の世ではありえぬ芸に見物客は間近で見ようとさらに前へ、前へ。拓斗の貧弱な体は簡単に押し除けられて・・・これでは妖怪達の姿や技を楽しむどころではない。正直、今頃彼女と『穴場』でイチャついているだろう友人達が羨ましい。  拓斗だって彼女は欲しい。けれども生来の奥手さからナンパの一つこなせた事がない。  しかし悔しいものは悔しい。自分もそろそろ肉食男子に転向するべきだ、と拓斗はできもしない事をひっそり誓った。    人に押しのけられるがまま、ごつ、と隣の少女と頭がぶつかった。慌てて謝罪すれば、向こうも返してくる。  ――あ、可愛い。  それが第一印象。多分同年代だ。腰まである真っ黒い長髪に、栗色の瞳、色白の肌に白いワンピース。ちょっと出来すぎだろう、と突っ込みたくなるような美少女だが・・・悲しいかな、男はこういうオーソドックス清楚系にとことん弱い。  小さな赤い唇が、苦笑を浮かべた。    「すごい人よね」  鈴を転がすような声、とはまさにこういうのを言うのだろう。  「え、あ」  「毎年来ているけれど、年々人が増えている感じ。君、大丈夫?」    ほけ、と少女に見惚れていた拓斗は、慌てて何度も頷く。  観光客だろうか、少なくとも拓斗の学校では見た事がない。こんな子がいたら、すぐ噂になっている筈である。  拓斗の中で、先ほどの誓いがぶり返す。――肉食男子。時代は肉食男子。  「あ、あにょさっ!」  噛んだ。慌てて首を振って、仕切りなおす。  「あのさ、俺いい所知っているんだ。良かったらそこに移動しない?」  少女は首を傾げて、そうして拓斗の顔を真正面からまじまじと見つめてくる。  それだけで拓斗の鼓動は跳ねた。――やっぱ可愛い。  「そんなとこ知っているなら、何で君はここにいるの?」  「いや、その」  「ま、いっか。いい場所があるなら、それに越した事は無いし。案内してよ」  「いいのっ?」  「自分で言い出しておきながら、何でそんな確認するのよ」  拓斗はぐむ、と唇を噤んだ。しかし情けない様は見せられない。生まれて初めて女の子をナンパして、しかも成功したのだ。  背後の人だかりを振り返った。どだい、抜け出せるような状態ではない。完全に人の壁だ。ここは男を見せる時だ。うまく道を作って、リードして・・・。  そんな拓斗の手を少女が握った。ただでさえ暑い気温がさらに上がった気がする。  「ほら、行くよ」  瞬間、目の前で少女の輪郭が歪む。合わせて拓斗の存在すらも、しゅるると全身が細長く伸びたような感じ。そのまま背後の人の壁へと向かい・・・にゅるり、にゅるり、身をくねらせながら、素早く人の間と間をすり抜けていくのが解る。  蛇になったみたいだ。と思えたのは人ごみを抜けきった後だ。気が付いたら拓斗は先程までいた見物客の人だかりから出て、開けた歩道に少女と手を繋いで立っていた。  「改めて初めまして。私、騰蛇(とうだ)」  「あ・・・村上拓斗です」  にっこり笑った少女の唇が、耳まで一気に裂けた。
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