おたくのお隣、だぁれ

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 『穴場』はとある廃ビルである。拓斗の物心ついた時にはすでにそこに在って、異様な立ち姿で佇み続けていた。  現場はいつだって工事中のしきりに覆われて、しかし実際に工事されている所など見た事が無い。   この場所を見つけて来たのは英二だ。どうやら普段からこの無人ビルをまるで秘密基地よろしく勝手に入り込んで使っていたらしい。  パレードが進む国道添いにあるから、三階から見下ろす形で見物する事ができる、とは彼の談だ。  その英二が、『穴場』に現れた拓斗の姿に訝しみ、さらに背後の騰蛇に目を見張ったのには、胸がすいた。  英二と一緒にいたのは、クラスで一番人気の女子だけれど、騰蛇にはかなわない。英二が騰蛇に鼻の下を伸ばしているのを見て、彼女は英二の脛を蹴り飛ばした。    「つかよ、拓斗。そんな可愛い彼女がいるだなんて初めて知ったぜ?どこで引っ掛けたんだよ」  「うん、まあ」  「煮え切らねえなあ」  英二の言葉に、ついさっき会ったばかりです。しかも多分人間じゃありません。と、拓斗は心の中でだけ答える。他の友人達もちらほら集まってきて、幾人かは騰蛇に見とれていている。中には相手がいるくせに、騰蛇にコナをかける猛者もあらわれた。  「ま、お前も来られたんなら、それでいいさ。パレードもあとちょっとで来る。  おれはコイツと上の階に行くから、お前ものんびりしてけ。みんなで持ち寄った菓子もあるぞ」  英二の良い処は、この度量だ。自己中心的なくせに、相手のものに変にちょっかいかけるような真似もしない。  「ねえ、本当にここは穴場なの?」    一方の騰蛇は群がる男達を意にも解さない。鉄筋コンクリートの壁を眺めながら、眉を寄せている。  「ここものすごい人だかりじゃない」  おもむろに彼女は拓斗の襟首を掴むと適当な窓まで引っ張って、硝子に手をかける。錆びついた音が辺りに響いた。  窓が開くと、彼女は唖然とした英二達を振り返る。真っ先に正気に戻ったのは英二だ。    「おいおい、お嬢さんっ」  「君、中学生?」  「お、おう?」  「そういう背伸びした口調は止めなさい。似合ってないわよ」  そう言うと、拓斗の首根っこ掴んだまま窓から飛び降りた。拓斗は締まる首に悲鳴すら上げられない。一瞬の浮遊感と、内臓がひっくり返るような落下。  「拓斗っ!」と慌てて窓に駆け寄る英二の目の前に、ふよんと騰蛇が浮き上がれば、「ばいばい」と彼女が手を振って・・・拓斗をひっつかんだまま夜空に向かって一気に飛び上がる。  揃って口をかっ(ぴら)いた友人達の姿が滑稽だが・・・生憎と拓斗にそれを笑うような事は出来なかった。  此方を見上げる友人達以外に、ビルの窓一面にびっしりと。無数の真っ白い顔が並んでこちらを見上げていたからだ。
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