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「全く、良い場所だって聞いたのに。結局やっぱり人だかり。何で人間ってそんなに人ごみが好きなわけ?」
「いやいや、あれ違う。人ごみ違うっ!」
「まあ、ああいう所はいるよ」
英二達は大丈夫なのだろうか。すでにビルは豆粒ほどにしか見えない。というか、今は自分自身も心配だ。ぶらぶら揺れる足元の遥か下には街明かり。 いっそ月や星の方が近いのではないかと錯覚してしまう。びゅわびゅわ耳の横を風が鳴っていて恐怖を煽る。もし今騰蛇に手を離されたら確実拓斗は死ぬ。
「君、蛇なんだよね?」
「ええ」
「蛇って空飛べたっけ」
拓斗は体の位置を慎重にずらしながら、騰蛇の細腕にしがみつく。ずっと締まっていた襟首が緩んで、深呼吸。
「私、騰蛇だよ」
曰く、騰蛇とは中国の妖怪であり、神の一柱でもあるらしい。
蛇だが、空を飛ぶこともできるのだとか。
「しっかし参ったなぁ、どこに行っても人、人、人。一応これ鎮魂の祭りだった筈でしょう?
何でこんなお祭り騒ぎにまでなっちゃってるんだろう、たかが百年で」
「人間にとって百年は長いよ」
「妖怪にとって百年は短いわよ」
というか、彼女のように一般人に紛れて妖怪がいるとは思わなかった。そう指摘すれば、彼女は「結構いるわよ」とあっさり。
「本当はね、表に出ようと思うと人ごみに紛れるしかないのよ、私達」
首をひねれば、「目立つでしょう」と返事があった。
「私みたいに人間に化けられても、ともすれば素がでちゃう。ほら、昔話にもあるでしょう。人に化けた狸や狐が尻尾を出してばれちゃう話。化けられない妖怪も珍しくないし、そうなってくると、人ごみに紛れた方が目立たないのよ」
本当は表を堂々闊歩したいのにね、とぽつりと騰蛇は呟いた。
「目立つと、まずいの?」
「百年は人間にとっては長くても、妖怪にとっては昨日みたいなものだしね。人間が忘れているあれやそれやを覚えているの。
でさ、やっぱ人間側もそうなんだろなと思っちゃう。恐れている。
ほら、物事の判断基準って結局は自分じゃない。これは人間だって同じでしょう?
実際、少し前までは百鬼夜行ですら石投げられた。だから私たちは表側の世界では未だで受け入れられないと思っている」
ああ、そうか。戦争だったんだ。と、今更な知識を思い出す。あのパレードには全ての妖怪が参加しているわけではないだろう。参加していない者達は、あの人ごみに姿を紛れさせて、今も鎮魂の祈りを捧げているのだろうか。
眼下に広がる街並みの、パレードは今どのあたりを進んでいるだろうか。
「でもさ、君は人ごみが嫌いなんだよね」
「人ごみそのものは、嫌いじゃないの。ただ私はそろそろ、表側でも堂々としたいのよ。君に声をかけられた時は・・・まあ、いい機会かなって思った」
元々、妖怪も人間も表側の世界にいた。それが、妖怪たちが追いやられて裏側の世界が作られた。お互いがお互いの不可侵を約束することで、今の平和がある。
けれども彼らはやはり、表側に未練があるのだろうか。
「あぁ、もうっ!」と騰蛇は叫んだ。
「なんかさ、こう、ずっとせせこましく縮まっていると、『私はここにいるぞ~っ!』て叫びたくなるのよ。」
「め、目立ちたがりなんだね」
「騰蛇ってめっちゃ知られてないからね!」
「あ、俺も初めて知った」
「神様って知名度大事っ!!――いや、違う違う。
ただ、普通にしたいのよ。普通に見て、普通に楽しんで、普通に祈る。人目なんか気にせずにさ」
どうしようかな。と拓斗は思った。彼女は毎年人間の目を気にして、ずっと人ごみの中に紛れて、せせこましく鎮魂の祈りを捧げていた。
でも、確かに普通にしたいという思いは解る。誰が来るかもわからない、けれども静かな場所で。あるいは目立ってもいいけれど、人目を気にせずに。
今度こそ男の見せ所ではないか。拓斗は思う。
しかし肝心要が思い浮かばない。『穴場』は外れだった。このまま彼女に支えられて空中浮遊じゃあまりに恰好が付かない。そろそろこっちの腕が痺れてもきた。どこまでも情けない。
たとえ妖怪でも、蛇でも、可愛い女の子にはちょっといいところを見せたい。
だって初めてのナンパだったのだ。
「あのさ」
「うん?」
「いっそ、思いっきり目立っちゃう?」
「はい?」
拓斗の脳裏に、パレードの様子が浮かんでいた。
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