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「お名前は何て言うの?」
「ナミ」
「いくつ?」
女の子は手をパーに広げてみせる。5歳、ということだろう。
「お母さんとどこまで一緒にいたかとか、覚えてる?」
「……わかんない」
「そっか~……」
俺があらかた事情を説明すると、女性は女の子に次々に質問を投げかけていった。先ほどよりは落ち着いたのか、女の子はまだ目に水の膜を張りながらも答えてくれていた。しかし、それでも保護者がどこにいるのか、手がかりもつかめそうになく、俺も女性もどうしたものかと頭を抱えた。
「何かあったんですか?」
俺たちが行列の隅で少しずつ少女・ナミに話を聞いていると、立ち止まり声をかけてくれる人が徐々に増えてきた。誰かが声をかけると合わせて何人かが「何だ何だ」とこちらを心配して、見にきてくれるのだ。「実は……」と説明をすれば、子どもが迷子と聞いて皆一様に何とかできないものかと思案してくれる。トンネルの端に寄って、大人がウンウンと頭を捻る光景はなかなか奇妙であった。
「前後の人たちにこの子の親御さんを見かけなかったか、聞いていくっていうのはどうですか?」
その中で、一人の若い女性が思いついたのがこの案だ。どこまで長く続いていようとも、どうせ行列は1本道。前後の人たちに伝言ゲームのように事情を伝えてもらえば、この列の何処かにいるナミの両親にも情報が行き着くはずである。
それは良いと、初老の女性が早速、声と張って周りの人々に呼びかける。
「迷子の子どもを探しているお母さん、お父さんを見かけた方はいらっしゃいませんか?」
だが、すぐには反応はかえってこなかった。皆それぞれ周りをきょろきょろと見回すものの、行動にまで移そうとする者はいない。初老の女性も反応の悪さに、呼びかけの声が小さくなりつつある。
このままではだめだ。
そう思い、俺は思い切って目の前にいた同い年くらいの男に狙いを定める。
「そこの、メガネで、青いストライプのYシャツを着た方!お願いがあります!」
メガネの青年は間を置いて、こちらに目線をやる。
「前後の人にも伝言して、なるべく遠くの人たちにまで迷子がいるってことを届くようにしてほしいんです」
人差し指で自らを指し、「俺が?」というジェスチャーをしてみせる青年。俺は「そう、あなたへのお願いです」と大きな声でそれに応えた。
こういう時、全体に話しかけても他人事にしてしまってなかなか誰も手をあげないという話を聞いたことがあった。だからこそ、俺はまず具体的に一人を指名して、お願いをしたほうがいいと考えたのだ。
青年は戸惑ったような表情を見せながらも、おずおずと前後の人たちに「だそうなんですけど……」と聞いて回っている。
それを見て、少女の周りで思案していた大人たちも、実際に前後の人たちに声かけをし始めた。言って聞かせるよりも、実際にして見せた方が人は行動に移しやすいのかもしれない。そんな俺たちを見て、行列の中の何人かも動きを見せ始める。
「だってよ!誰か子どもとはぐれた人、いないか?」
それまでただのそりのそりと行進をするだけだった群衆が、前の人・後ろの人に「迷子を探す大人がいないか」と聞いてくれるようになっていた。
女の子を保護した時は誰も見向きもしてくれなかった人混みが、この子の親を探すために一斉に動いてくれている。ざわりざわりと人々の掛け声がトンネル内を駆けていく様に、俺はほんのちょっとの感動を覚えていた。
初老の女性も皆に声をかけつつ、女の子を抱っこして「みんな、探してくれているよ」と彼女を慰めている。
この人々の良心が、どうか女の子のご両親の元に届いてほしい……。
そう願わずにはいられなかった。
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