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**第二話 心より殺意をこめて。**
フロアの端には打ち合わせ用の個室が設けられている。四名用の部屋から十名以上が入れる広い部屋まで六部屋が各フロアに必ず設けられているのだ。
チームメンバーへのあいさつのあと。千秋は四名用の個室で岡本からプロジェクトについての説明、フロアのルール、セキュリティ教育を受けることになった。プロジェクターで壁に映し出された資料を見ながら、岡本から説明を受ける形式だ。
「以上で説明は終わりだけど、何か質問はあるかな。今までの話に関係がなくてもいいよ」
一通り話が終わると、岡本は操作していたパソコンから顔をあげて、にこりと微笑んだ。千秋は錆びたからくり人形のようにぎこちない動きで岡本に顔を向けると、
「あ、いえ。大丈夫です」
引きつった笑顔と弱々しい声で答えた。
初めての客先常駐。しっかりやろう。わからないことが多いなりに真面目に、誠実にやろうと思っていたのに。大声を出して、フロア中から注目されて。学生気分の抜けないダメなやつと思われたかもしれない。初日からあんな失敗をするなんて――。
千秋が太ももの上に置いた手を強く握りしめていると、くすりと笑う声がした。顔をあげると岡本が優しい目で千秋を見つめていた。
「そんなに気にしなくて平気だよ、小泉くん。みんな、百瀬くんの性格はわかっているから。――百瀬くんとは幼なじみなんだって?」
千秋はこくりと頷いた。
「いつからの友人なんだい?」
「幼稚園……いえ、幼稚園に入る前からですね」
「ずいぶんと長い付き合いだ」
岡本はしみじみと言って、イスの背もたれに寄り掛かった。
「百瀬くんは学生時代からあんな感じなのかい?」
あんな感じとはどんな感じなのだろうか。千秋が首を傾げると、
「明るくて、人懐っこくて、とにかくよく喋る。よくまわりに喋りかける」
岡本はくすくすと笑って言った。岡本の笑い声につられて千秋も苦笑いをもらした。
「えぇ、まぁ。ヒナ――百瀬くん、職場でもあの調子なんですね。なんかすみません」
「あの調子だよ。喋りかけられすぎて仕事にならないってチームメンバーから苦情が来て、島の一番端に座らせてるくらいだよ」
「ほ、本当にすみません!」
「小泉くんがあやまることじゃないよ。まるで保護者みたいだね」
幼なじみの社会人として大問題なエピソードに平謝りする千秋を見て、岡本は楽し気な笑い声をあげていたが、
「でもあれだけ喋ってるのに、ほとんど残業もしないで締め切り前に仕上げてくるんだよ」
不意に眉根をひそめ、長い指であごを撫でた。
「しかも速いうえに正確なんだ。今プロジェクトの七不思議のひとつだとチームメンバーも管理職も言っていて――」
「よくわかります!」
岡本の言葉に、千秋は食い気味に深々と頷いた。
「美術や技術の作品って授業時間内に作れないと放課後、居残りでやらないといけないんですけど。あいつ、あれだけ喋ってるのに授業内で作り終わってるんですよ。しかも受賞するような作品を!」
「百瀬くんは昔から百瀬くんなんだね」
身を乗り出してバシバシと机を叩く千秋に、岡本は引き気味で同意した。千秋がこんなに食いついてくるなんて思っていなかったのだろう。
「で、ヒナのお喋りに巻き込まれてほとんど作業の進まなかった俺に向かって言うんですよ」
急に声のトーンを落とした千秋は遠くを見やって、中学時代の陽太の無邪気な笑顔を思い浮かべた。
――まだそんだけしかできてないの? 五十分もなにやってたんだよ。要領悪いなぁ、千秋は。
「なにやってたって、お前の話し相手をうっかりやってたって話なんですけどね。手に持ってるのが彫刻刀じゃなく絵筆でよかったと本当に思いました」
「うん、小泉くん。苦労してるんだね」
岡本はにっこりと笑って、無の表情を浮かべる千秋の肩をそっと叩いた。
「あと職場に刃物は持ち込まないようにね。絶対に」
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