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**第三話 心より殺意をこめて。②**
岡本からの教育を終えて打ち合わせ用の個室を出ると、陽太の席のまわりにチームメンバーが集まっていた。
「またにぎやかにしているね」
人だかりを遠目から見て、岡本は困ったように微笑んだ。
岡本の話だとお喋りが過ぎてチームメンバーに迷惑がられているようだったけど、それは彼らも仕事があるからというだけだろ。実際、今、陽太を取り囲んでいるチームメンバーたちの表情からは仲の良さがうかがえた。困り顔の岡本からも、だ。
――ヒナのやつ、ああいうところも学生時代と変わんないんだな。
クラスメイトに囲まれて笑っていたブレザー姿の陽太を思い浮かべて、千秋は笑みをこぼした。
にぎやかで図々しくて迷惑もいっぱいかけられたけど、陽太のああいう性格は憧れというか、尊敬している。助けられたこともたくさんある。あいさつのときのことがなかったら岡本とも事務的なやり取りだけで終わって、打ち解けるのにもっと時間がかかっただろう。
――迷惑って思ったけど……感謝、しないといけないのかな。
感謝、なんていうと気恥ずかしくなってきてしまうけれど。千秋はぽりぽりとほほを掻いた。
席に戻ってきた千秋と岡本に気が付いて、陽太がパッと顔をあげた。
「おかえりー! どうだった、岡本先生の授業」
チームメンバーたちも笑顔で、おかえりと言って迎えてくれた。千秋も照れ笑いしながら、ただいまと返した。
「先生じゃなくて課長ね、百瀬くん」
「その言い方! めっちゃ先生っぽい!」
陽太は課長相手とは思えない砕けた口調で言って、手を叩いて笑った。
――見てるこっちがひやひやする……。
困り顔で微笑む岡本と陽太の顔を、千秋はおろおろしながら見つめた。と、――。
「俺、みんなに千秋のこと、いろいろ話しといたから! 安心して仕事しろよ!」
陽太は無邪気な笑顔で親指を立てた。千秋はじーっと陽太の笑顔を見つめたあと、
「…………」
陽太を無言で指さして、まわりのチームメンバーをぐるりと見まわした。
――こいつ、なに話しやがった……。
千秋の無言の問いを察したらしい。チームメンバーたちは互いに顔を見合わせたあと。
「小学校の林間学校でトイレからテントに帰るまでのあいだで道に迷って。近所の農家さんの犬小屋の中で、犬に泣きついた姿で発見された、とか」
「中学校の運動会でじゃんけんに負けてリレーのアンカーやることになって。緊張しすぎて逆走してクラス優勝逃した、とか」
「高校の入学式で新入生代表に選ばれたけど緊張しすぎてお腹下して。結局、小泉さんが用意してたあいさつを百瀬が読んだとか」
「拍手喝采、スタンディングオベーションだった!」
「大学受験のときにインフルエンザに――それもA型、B型、もう一回A型とかかってセンター試験も志望してた大学もことごとく受けられなくて。全く予定してなかった大学に行った、とか」
順繰りに語って、
「とりあえず苦労人ってことはよくわかった」
チームメンバーたちは真顔で深々と頷いた。千秋が顔を向けると、陽太はドヤ顔で親指を立てていた。全くもって悪びれたようすはない。なんならほめてオーラが出ている。
千秋は無言で陽太の目の前に歩み寄ると、
「やっぱり迷惑だ」
「やっぱりって何……っ、ぐぇ!」
無の表情のまま、きゅっと陽太のネクタイを締め上げ――もとい、直した。
岡本がそっと千秋の肩を叩いて止める頃には、陽太の顔はすっかり白くなっていた。
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