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**第九話 保父さんか小学校の先生っぽいですよねって、よく言われます。**
千秋が岡本のチームに入って一か月――。
一階のエントランスに用意された応接用のイスに腰かけて、スーツ姿の千秋は深々と頭を下げた。
「今日はありがとうございました。修正したスケジュールは明日の朝までにメールでお送りします」
隣に座った岡本と、正面に座った年配の男二人も微笑んで頷いた。
「それじゃあ、引き続きよろしくね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
千秋と岡本に軽く手をあげて応えて、年配の男たちはエントランスを出て行った。その背中を見送って、
「緊張したぁ……」
千秋は深々とため息をついた。が、岡本が目を細めて千秋を見ているのに気が付いて、慌てて背筋を伸ばした。保父さんみたいに優しい目だけど、岡本はお客さんでプロジェクトの上司だ。きちんとしないといけない。
千秋が入ったシステム開発プロジェクトは規模がとても大きい。プロジェクト全体の進捗報告会の他に各グループ、各チーム毎の報告会もこまめに行われている。帰っていった年配の男二人は発注元であり、岡本や陽太が所属するQBシステムズから見ると親会社の人たちということになる。
今までは岡本一人でチームのスケジュール報告を行ってきたのだが、プロジェクトマネ-ジャーである岡本は多忙で、時間を作るのが難しくなってきていた。そこで来たばかりで抱えている雑務も少ない千秋がチームのスケジュール報告要員としてあがったというわけだ。
「すまないね、面倒ごとを押し付けてしまって」
「いえ、そんな! 僕でお役に立てるのなら言ってください! 頑張ります!」
眉を八の字に下げて微笑む岡本を見上げ、千秋はバタバタと両手を振った。その言葉は本心だ。でも――。
「派遣の僕からの報告でいいんでしょうか」
疑問は残る。千秋が所属するチームには岡本の他に五名のプロパーがいる。陽太もそのうちの一人だ。エンドユーザーに対する報告なら来たばかりの派遣よりプロパーに任せるのが妥当だ。だが、岡本は千秋の問いに額を押さえてしまった。
「うちのチームのプロパーたちはみんな、優秀なんだけど癖が強くてね。OJTも何度か変わって、最終的に僕が担当した子たちばかりなんだ」
深々とため息をつく岡本を横目に、
――OJTも最終的には岡本さんだったし。
千秋は陽太が前に言っていたことを思い出していた。あのときは気にしなかったけれど、そういえば"最終的に"という言い方は妙だ。OJT――職場の指導担当者はコロコロと変わるようなものじゃないはずだ。
「癖が強いって……百瀬くんはよくわかりますが」
「そうだね。他の子たちも――」
岡本はすっと目を細めると、両手を口の前で組んだ。
パチスロ依存症と専らの噂。新台が出る日は無断欠席上等。
借金のために働く男。
金賀 光――!
彼女が呼んでいるから早退します。
失恋の痛みは尿路結石よりも辛く、新しい恋はインフルエンザよりも熱い。
恋のために鬼のように有給を喰い尽くす男。
星海 圭吾――!
客先打ち合わせにもマイ箸とセットで持参。スーツケースの中身は大量のポテトチップス。
イモを油で揚げたら飲み物と言い張る男。
小寺 太司――。
大好きな君にいつでも包まれていたいから。
職場のディスクにおっぱいマウスパッドと十八禁フィギュアを持ち込んだ男。
尾田 崇――!
十秒と黙ってなんていられない。お口にチャックなんてあるわけない。
隣にかかしが座っていてもしゃべり続ける男。
百瀬 陽太――。
岡本の説明を聞いた千秋は深々と頷いだ。
「その並びだとヒナ――百瀬くんがだいぶマシに感じますね」
「気のせいだよ、それ」
「ですよね」
「プログラマーとしての腕は確かだし、絶対にスケジュールを破らない良い子ばっかりなんだけど……僕の部下になる子って、なぜか癖の強い子が多いんだよね……」
なんでだろう……と、しみじみと呟く岡本を見つめ、
――面倒見が良すぎるからだと思いますよ。
千秋は心の中でそっと囁いた。
ここ一か月でよくわかった。岡本は人が良すぎるあまり厄介ごとを押し付けられて、損をするタイプだ。
「と、いうわけでチームのスケジュール報告は小泉くんにお願いするね」
「はい、任せてください!」
弱々しく微笑む岡本に、千秋は同情と共感の念をこめて深く、一つ、頷いた。
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