03.地元編

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03.地元編

**第十話 違うんです……。**  とある土曜――。 「電車で一時間弱の距離なんだから、たまには帰ってきなさいよ!」  と、いう母親の矢のような催促に千秋はしかたがなく地元線の電車に乗った。一人暮らしを始めて三か月があっという間に経っていた。  同じ職場だから毎日のように顔を合わせているけれど、陽太が千秋の部屋に来る回数は減っていた。千秋の作業が終わらなくて、いっしょに帰ることが少なくなったからだ。  陽太は、 「千秋が終わるの、待ってる!」  とか、 「じゃあ、半分手伝う!」  とか、言ってくれるけれど頑なに断って先に帰していた。 「かぎ、貸して! 先に帰って夕飯作ってるから!」  とも言っていたけれど、これも頑なに断った。陽太が作ったものなんて食べたら翌日、出社できなくなってしまう。  ――自分の分の仕事は自分でやらないと、だよね。  七人掛けの座席にゆったりと座って、千秋は思わずほーっと息をついた。ちょっと疲れが溜まっていたのかもしれない。座席どころかつり革すらも空いていない通勤ラッシュの車内とは大違いだ。まぁ、地元線の場合は通勤時間帯でも座れるくらい空いているのだけど。  と、――。  途中の駅で制服姿の男子高校生二人が乗ってきた。二人は千秋の正面の座席に並んで座った。この車両にいるのは千秋と男子高校生二人、そして千秋の並びにいる二十代の女性二人だけ。女性二人が交わす声と男子高校生二人が交わす声とで車内はちょっとだけ賑やかになった。満員電車の殺伐とした雰囲気とは違う、のどかな賑やかさに千秋は思わず目を細めた。  ――なつかしいなぁ。  男子高校生二人が着ているブレザーの制服。ネクタイの色こそ違うけれど、その制服は千秋と陽太も着ていたモノだった。次の次が母校の最寄り駅だ。彼らもそこで降りるのだろう。  土曜の午前中に制服姿で電車に乗っているということは部活か。 「お前、少しは真面目に勉強しろよ」 「定期テストは実力を見るためのものなんですぅ。だから今更勉強しても意味ないんですぅ」 「実力を見た結果、赤点だったから追試になったんだろ」  教科書を開いている真面目そうな方が、茶髪のお気楽そうな方をじろりと睨んだ。茶髪の方はといえば気にした素振りもなく、チョコレートが掛かった棒状のお菓子をポリポリと食べ続けている。  どうやら追試を受けに行くらしい。やっぱり懐かしさを感じる会話に千秋は苦笑いをこぼした。 「風邪ひいたお前が一人で追試を受けるのはさみしいかなって赤点取ったのに」 「余計なお世話だよ。追試を受けるのにさみしいも何もない」 「まぁまぁ、そう固くなるなって。甘いものを食べてリラックス、リラックス。はい、チョコレート」  そう言って茶髪の方が真面目な方の口に押し込んだのは、半分食べたお菓子だ。真面目な方は押し込まれたお菓子をポリポリと食べながら口をへの字に曲げた。  電車が速度を落とした。高校の最寄り駅についたのだ。二人は揃って座席から立ち上がった。 「なんでいつも食いかけの方を寄こすんだよ。まだたくさんあるんだから丸々、一本寄こせよ」 「え~、いいじゃん! だって……」  男子高校生二人の会話は閉じた電車のドアに遮られて聞こえなくなってしまった。でも簡単に予想できた。陽太も同じようなことをして、千秋も同じようなことを聞いたから。  ――だって……持ち手のとこ。チョコついてないんだもん!  あっけらかんと答えた学生時代の陽太を思い出して、千秋は苦笑いした。陽太はそういうやつだ。と、――。 「あれ、絶対に付き合ってるよね!」  女性たちの声に千秋の肩がびくりと跳ねた。必死に声を押し殺しているようだけれど、ほとんど人のいない車両では否が応でも耳に入ってしまう。 「だって……なに? なんなの、続きは!?」 「そんなの決まってるじゃん!」  女性二人は興奮したようすで額を突き合わせ、手を握り合うと、 「お前と間接キスしたいからに決まってんだろ――でしょ!」 「ですよね! んで、そのあとは――」 「バカ、間接じゃなくて……直接しろよ――でしょ!!」 「でーすーよーねぇー!」  なぜか満面の笑顔で首振り人形のようにコクコクコクコクと頷きあっていた。  二人の女性を遠目に眺めながら、千秋はだらだらと冷や汗を掻いた。  ――高校時代の俺らも……そんな目で見られてたの?  見知らぬ女性に声をかけて不審者と思われるか。未来ある男子高校生二人と過去の自分の名誉のために全力で否定しにいくか。  彼女たちが降りるまで千秋の葛藤は続くことになった。
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