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02.通常業務(?)編
**第七話 実家の部屋も占拠されてます。**
定時を告げるチャイムのあと、一時間ほど経つとフロアの灯かりが消えた。働き方改革とか言われてんだろ。大手企業はお上から目ぇ付けられやすいんだよ。だからとっとと帰れ、という意味らしい。
まだ帰れないのだろう。フロアの灯かりをつけに行く人もいるにはいたが、片付けて帰り始める人たちも多い。千秋が入ったチームのメンバーはほとんどが定時で上がっていた。定時過ぎからが本番なんて言っている自社とは大違いだ。
「お疲れ~」
「お疲れさまでした」
チームメンバーが一人帰って、残っているのは千秋と陽太、打ち合わせから戻ってこない岡本だけとなった。
「千秋、仕事終わりそう?」
島の対角線上にいる陽太が大きな声で言った。人の少ないフロアに陽太の声はよく響く。他チームの人たちの視線に千秋は首をすくめて、陽太を睨みつけた。
「ヒナ……百瀬さん、もうちょっと声を抑えてください」
「はーい。で、上がれる?」
全然、聞いていない。やっぱり大きな声で尋ねる陽太に、千秋はため息をついて頷いた。
「今日、やらなきゃいけない分は終わったから大丈夫」
それを聞くなり陽太はカバンを手にして千秋の席に駆け寄ってきた。とっくにパソコンの電源は落としていたのだろう。
「うっし、上がろうぜ! なな! 今日、千秋の部屋に寄っていい?」
「明日も仕事あるのに早く帰らなくていいわけ?」
「大丈夫! あれが食べたいんだよ。前に千秋が作った……ほら、白菜とツナ缶の……!」
「白菜の常夜鍋? 簡単なんだから自分で作ればいいのに」
「千秋が作ったのがいいー」
自分で作るのが面倒なだけだろ、というツッコミは飲み込んだ。陽太の料理の腕が絶望的なのは幼なじみの千秋が一番知っている。と、いうか一番の被害者だ。
「わかったよ。今日の夕飯は常夜鍋ね」
千秋はパソコンの電源が落ちるのを待ってカバンを肩にかけた。跳ねるような足取りでフロアの出口へと向かう陽太のあとを、千秋はゆっくりとした足取りで追いかけた。
翌日――。
定時を告げるチャイムのあと、一時間ほど経つとフロアの灯かりが消えた。すぐにふっと灯かりがついて、
「お疲れ~」
「お疲れさまでした」
チームメンバーの一人が帰っていった。残っているのは千秋と陽太、打ち合わせから戻ってこない岡本だけだ。
「千秋、仕事終わりそう?」
島の対角線上にいる陽太が大きな声で言った。人の少ないフロアに陽太の声はよく響く。他のチームの人たちの視線に千秋は首をすくめて、陽太を睨みつけた。
「だから静かにって言ってるのに……大丈夫、上がれるよ」
それを聞くなり陽太はカバンを手にして千秋の席に駆け寄ってきた。
「千秋の部屋、寄っていい? じゃがいものチーズガレット作って!」
「って、言って昨日、泊ってったのは誰だよ」
「お腹いっぱいになったら帰るのだるくなっちゃってさ」
「今日こそは食べたら帰れよ? そろそろ替えのYシャツも足りなくなってきたし」
「え、じゃあ、買って帰らないと!」
「いや、だから帰れよ……」
真剣な表情で言いながらフロアの出口へと向かう陽太のあとを追いかけて、千秋はため息をついた。
翌々日――。
定時を告げるチャイムのあと、一時間ほど経つと――以下略。
「千秋、仕事終わりそう?」
陽太の大きな声にも周囲の方が慣れてしまったらしい。フロアに残っている人たちは短く息を吐いただけだった。周囲の反応に千秋は引きつった笑みを漏らした。
「今日も千秋の部屋、泊っていい?」
千秋のとなりにやってきた陽太は、食べかけのお菓子を千秋の口に押し込みながら尋ねた。チョコレートがかかった棒状のお菓子だ。
「……もう泊るのは決定なんだな」
「千秋の部屋だと朝遅くまで寝てられるし。夕ごはんも朝ごはんも美味しいのが出てくるし」
「俺の部屋を旅館かなにかと勘違いしてない?」
「まさか。旅館っていうより実家?」
「俺はお前のオカンか」
口の中のお菓子をもぐもぐと咀嚼しながら、千秋は陽太に白い目を向けた。
翌々々日――。
定時を告げるチャイムのあと――以下略。
「千秋、仕事終わりそう?」
陽太の大きな声に千秋は頷いた。周囲もすっかり無反応だ。みんな、適応能力が高い。
「ちょっとは仕事に慣れてきた?」
「まぁ、ぼちぼちかな」
陽太はカバンを肩にかけて駆け寄ってきた。
「今日も俺の部屋、泊ってくだろ?」
「わずか五日で俺の部屋を乗っ取るな」
満面の笑顔でグッと親指を立てる陽太を見もせずに、千秋は淡々とした声で常識という名のツッコミは入れた。
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