行列にできるレジャーランド

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長蛇の列に並ぶこと二時間あまり。 勢いよく現れたオレンジと紫で構成された如何にもな柄のコースターを確認し、私は冷たい視線を落とした。 「手荷物は座席の下にしまって、安全カバーをカチッと音がするまで下げてね!」 ファンシーなマスコット調の業務連絡が煩わしいほど繰り返し流され、物言うことなく私が座席に腰を下ろすとコースターはゆっくりと発進した。 カンカン、カンカン。 乗客を乗せたコースターは個気味良いリズムに合わせ少しづつはるか上空の頂へとわ私を誘い、ようやく園内の全貌が目に飛び込んでくる頃になると景色を楽しむ乗客を楽しませるためにガクッと大きく振動した。 「ひぃいい!」 小さな悲鳴が私の遥か後方から聞こえ、後ろを振り返ると子連れの男性が自分ではないぞとばかりに少しばかり赤くなった顔をそっぽに向けていた。 『あの父親には悪いが、こうしてみると面白いもんだな・・・』 乗客の顔は期待と不安の二重奏。 キャーキャーわめいて楽しそうな人がいれば、青い顔をして黙ってしまう人もいる。 滑車から外れた車両はレールをなぞり、先ほどのノロノロ運行から一気を加速を始め、そして皆さんお待ちかねの真っ逆さま。 このまま落ちて死ぬんじゃないかというスリルの中で他人の悲鳴が耳を劈き、僅か1秒の内に車体は70メートルの高低差を無かったものとする。 その後は右に揺られて左に揺られ、わずか2分の旅は常人の体感では1時間にも及ぶ大航海となり、ようやく帰ってくる頃には隠し撮りされていた写真が出来上がっているという算段だ。 どんなできになっているか? さして興味もないは無いはずなのに、私は常人のふりをして液晶画面を眺め、そこに恐怖とスリルを楽しむ表情で塗り固めた仮面を見た。 楽しいと言えば嘘になる。 趣味嗜好は人それぞれとはいえ、私のように異常な趣味を持つ者は決して多くないはずだ。 2時間弱もかけてようやく回って来た自分の番をため息交じりに「やっときたよ・・・」とつぶやくのが常人なら、私のリアクションはそれとは違う。 『もう・・・来てしまったのか・・・』だ。 おそらくこれは2時間後に与えられるご褒美を期待する者と、2時間そのものがご褒美となる者の違いだ。例えるなら、ラーメンを食べるために長蛇の列に並ぶものと、長蛇の列に並ぶためにラーメンを食べる物の違い。 そう。 何を隠そう私は列に並ぶことを愛する変態だった。 ~行列にできるレジャーランド~ 『・・・何が楽しいの?』 そう言われると困る。 この手の趣味は登山に似ており『なぜ山に登るのか?』の解答が『そこに山があるから』であるように、『なぜ並ぶのが楽しいのか?』と問われると『そこに列があるから』と言わざる負えない。 正確には、多くの人間の集合体の一部になった一体感や連同感、さらにはまれに肩と肩が触れ合う際に生まれる小さな感触と相互謝罪などもあるのだが、これらすべてに幸福を感じる人の事を世間はまとめて異常と括られてしまうからには、やはり『列があるから』と抽象的に返さざる負えない。だってそうであろう?他人の話に耳を傾けながら脳内で会話を始めたり、わざと周囲の人間にぶつかって感触を得ようと人間のことを理解できるかい?できないだろう?私も一緒さ。 理解できないことが理解できないんだ。 どこまで行っても平行線。でも、淘汰されるのは少数勢。一般人に気味悪がられるのが当たり前で、だからこそ私はこの変態的趣味を一切他人に公言することなく秘密裏にこれまで過ごしてきたわけだが・・・。幸というべきか不幸と言うべきか、故人が言うように類は友を呼ぶらしい。私のような少数派の変態はほかの変態を見抜く才能を備えており、ついぞ見つけてしまったのだ。私と同じ趣味を持つ変態を。 「次。何に乗ります?」 「いや、そろそろお昼時になるのでアトラクションは止めてランチにしよう」 「了解です。そしたら立地的にモンスターバーガーがいいですよね?」 混雑を避けるために周りの客の裏を突く。 テーマパークにはありがちの行動も私にとっては利ではない。 できるだけ人が多くいそうなところへとわざわざ押し掛けるのが行列道であり、それが私の様な変態の悦となる。 モンスターバーガーは二つの大型アトラクションから同位置にあることから、お昼休憩にアトラクションを経由するなら一般人にとってはここがベストなはずだ。 「いや、モンスターバーガーはダメだ。一見、客入りベースで見れば最多になることが予想できるが、その分のレジカウンターの数は多く設けられているはずだ。それに提供しているのはバーガーだぞ?間違いなくガチ勢が現れるだろうな」 ガチ勢。 奴らは体力のあり余った学生に多く、何回アトラクションに乗れたかで競い合うような我々とは全く反対の人種で、やることなすこととにかく速い。 列に並んでいるうちにメニューを決めておくなんてことは当たり前で、常に彼らの拳には値段ピッタリの小銭が握られている程だ。 「ここはアドベンチャーピッザだな」 類は友を呼び。時と場合によっては友は師となるらしい。 手慣れた様子でアドベンチャーピッザへと舵を切り、息を吸うように人通りの多い道を選ぶ横顔は尊敬に値する。 私は自分以上の変態を見つけたことに、うれしさ半分悔しさ半分と言ったところだ。 「どうだ!俺の言った通りだろ?」 園内を歩き始めて約5分。ようやく件のアドベンチャーピッザへとたどり着いた私たちを待ち受けていたのは、人ゴミという言葉では到底表せない大混雑。 いや、大大大混雑であった。 場所取りでしっちゃかめっちゃかになったテーブルに加え、かの聖地である東京地下鉄東西線木場駅から門前仲町駅の通勤ラッシュに勝るとも劣らない人口密度を誇るレジカウンター。 私の頭にはイギリスの人文学者がギリシャ文字を使って表現した造語であるユートピアという言葉が浮かんだ。 本来の意味は「存在しないもの」と言われるこの言葉だが、このユートピアは紛れもなく実在している。 「さっそく並びましょう!」 我々はぎゅうぎゅう詰めにひしめき合っている別々の列に身を滑らせると、すぐさまその熱気に当てられ、幼いころに父に連れられて行った満員電車にいるような錯覚を覚えた。 私と同じ変態的趣味を持った父。 有休をとってまで私を連れだしたかと思えば、そこはサラリーマンのひしめく満員電車で、いわゆる普通の子供であった当時の私はただただ困惑した。 そんな我が子の戸惑いを知ってか知らずか、父は私に人ごみの中で目をつぶると面白いものが見えると教えてくれ、そして、どうだ? 今では私もすっかり変態の仲間入りだ。 まんじりとした熱気のなか、私が目を閉じるとあの日の満員電車が見えてくる。 父に手を引かれ、二人して飛び込んだあの満員電車。 私は、当時何を見たのだったか・・・。 「あ、あの。大丈夫ですか・・・?」 トリップ寸前、突然声を掛けられた私が我に返ると、列の前の女性が心配そうな顔をしていた。 「大丈夫ですか?」という質問に心当たりが全くなかった私は「どうかしましたか?」という見当違いの返答をすると、女性はこう続けた。 「いえ、涙を流してるからどこか悪いんじゃないかと・・・」 泣いている?誰が?私が? 頬に手を触れれば、そこに何かの雫が垂れており、その雫の後を辿ると確かに発生源は目にあった。 「ああ。すみません。どうやらコンタクトが悪いみたいで・・・」 裸眼で2.0を誇る私の目がコンタクトを必要とする理由は一切ないが、我ながらうまい嘘が出たものだ。 私はハハハと笑いながら列を離れ、そのままトイレの個室へと逃げ込んだ。 行列の中で目をつぶると、時折思ってもいない場所へと私を連れる。 父は昨年他界しており、そろそろ一周忌を迎えると思いきやこの仕打ちだ。 まだ、早すぎたのかもしれない。 私は困ったものだと自嘲気味に笑うと、来た時と同じように一人で帰路に着くのであった。
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