第7話 電話

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 音羽はそのままファストフード店で時間を潰してから寮へ戻ることにした。まだ六限目の最中なので、誰かに会うことはないだろう。もしかすると寮母が庭で掃除などしているかもしれないが、それさえ気を付ければ窓から戻っても問題ない。そんなことを思いながら寮への道を歩いていると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。また涼からだろうか。思ったが、画面に表示されているのは理亜という二文字だった。 「あ、音羽?」  スマホを耳にあてると音羽が声を出すよりも前に理亜の声が言った。思わず音羽は笑ってしまう。 「え、なに。なんで笑ってんの?」 「ううん。でもなんで電話? ラインじゃダメなの?」 「だってラインだとメッセージ残るじゃん。それよりさ、このペンダントどうしたの?」 「あー、届いた?」  音羽は足を止めて歩道の端によけた。自転車が走り抜けていく。 「それ、こないだ駅ビルで時間潰してるときに見つけたの。理亜に会ったとき渡そうと思ったんだけど、渡しそびれちゃったから」 「へえ、それでわざわざ郵送?」 「うん。あの、気に入らなかったら捨てても――」 「ありがとう」  音羽の言葉は理亜の声に遮られた。 「え……」  一瞬、言葉に詰まって音羽は「うん」とこみ上げる嬉しさをこらえて頷く。 「用事って、そのことだけ?」  わざわざ礼を言うためだけに電話をしてくれたのだろうか。しかし、理亜は「あー、いや」と迷うような口調で言った。 「一つだけ、言っておこうかと思ってさ」 「うん。なに?」  しかし、なぜか理亜は「んー」と言葉を濁す。 「なに?」  もう一度音羽が聞くと、彼女は「もう、何もしなくていいから」と言った。まるで遊ぶ約束をキャンセルするかのような、そんないつも通りの口調で。 「……え? いま、なんて」  聞き間違いかもしれない。そう思った。けれど、理亜は「もう何もしなくていい」と繰り返した。 「何もって、なんで?」 「いやー、あたしもさ、なんかノリで助けろとか言ったけどさ。半年経っても警察はろくに手がかりも見つけてないみたいだし、このままでも大丈夫かなぁって思って」 「でも、理亜――」 「だからもういいから。助けろっていうの忘れて? 瑠衣にも伝えといてよ」  音羽の言葉を遮って理亜は早口で言う。音羽は深く呼吸を繰り返した。 「音羽?」 「だったら、なんで会いに来たの?」  感情を殺して、音羽は言う。気を緩めると泣いてしまいそうだった。 「なんでタブレットを残したの?」  理亜は答えない。音羽は吸い込んだ息を吐き出しながら「よくなかったからでしょ」と続けた。 「全然よくないから、助けてほしいって思ったからでしょ!」 「――もう、いいんだよ」  掠れた理亜の声はそう言って消えた。ツーッと電子音が耳障りに鼓膜を刺激する。 「……理亜のバカ」  呟いてスマホをポケットに入れる。そして身体の向きを変えた。理亜のところへ行こう。直接会って話をしたい。しかし、歩き出した音羽は右腕を掴まれてその動きを止められた。 「痛っ」  声を上げて振り返る。そこにいたのは、涼だった。彼女は怒ったような表情で音羽の腕を掴んでいる。 「下村さん、なんで。今、まだ授業中じゃ」 「早退したの。電話、どこかのファストフード店みたいだったから手当たり次第探そうと思って。でも、近くにいてよかった」  涼の顔に笑顔はない。音羽は彼女から顔を背けた。 「放して」 「嫌」 「行くところがあるから」 「ダメ。帰るの」  グイッと涼は音羽の腕を引っ張った。 「ちょっと、下村さん! 痛いって!」  しかし、いくら音羽が声をあげても涼は腕を掴む力を緩めなかった。
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