第3話 心配

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 昼休憩。いつものグループで集まって昼食をとっていると涼に呼ばれた。 「ちょっと、いい?」 「うん。いいけど」  音羽は席を立つと食器を片付けて涼と一緒に食堂を出る。 「ごめんね。友達と食べてたのに」 「ううん、大丈夫。それよりどうしたの?」  言いながら音羽の視線は前方に立つ生徒に向いていた。彼女は音羽を見ると笑みを浮かべる。 「この子、隣のクラスの学級委員で浅見香奈」 「どうも!」  香奈は天真爛漫な笑みを浮かべてピョコっと頭を下げた。 「あ、どうも」  よくわからないがとりあえず音羽も頭を下げる。涼は微笑むと「実はね」と香奈の肩に手を置いた。 「この子、香澄美琴のこと知ってるんだって」 「え! なんで?」 「だってあたし、その子と同じ小学校だったもん」  香奈はそう言うと廊下の壁に寄り掛かった。食堂の外なので生徒の出入りが激しい。涼と音羽も他の生徒の邪魔にならないよう廊下の端に寄る。 「でも、なんで浅見さんが同じ小学校だってわかったの?」 「んー。あの後さ、あたしも気になっちゃって。ネットで調べたらけっこう記事も出てきて、住んでる街まではわかったから。有名っぽいし、同じ街出身の子なら知ってるんじゃないかと思って」 「それで、偶然にも同じ学級委員であるあたしがその街出身だったってわけ」 「そう、なんだ」  まさか涼がそこまで気にするとは思っていなかった。あまり詮索されたくはないが、それでも香澄美琴の情報が得られることはありがたい。 「でも、なんで美琴のこと知りたいの?」 「うん。ちょっとね。友達が知り合いだったみたいだから、どんな子だったのか気になって」 「それって宮守さんのこと?」  涼の目が一瞬、鋭く細められた。音羽は「まあ、うん」と曖昧に頷いてから「どんな子なの?」と香奈に聞く。  彼女は「そうだなぁ」と腕を組んで天井へ視線を向けた。 「とにかくピアノが上手かったね。英才教育? そういうの受けてたみたいで地元ではかなり有名だった。コンクールでもよく賞をもらっててさぁ。だから、なんていうか近寄りがたい存在だったね。性格もけっこうキツくて自信家で。あんまり友達いなかったんじゃないかな」 「浅見さんは友達じゃなかったの?」 「あたしが? まさか。ないない」  香奈は顔の前で手をヒラヒラさせた。 「あの子、小学生だっていうのにやたらプロ意識が高くてさ。家も金持ちだったから卒業を待たずにフランスだかどこかへ留学したんだよ。将来はピアニストになるって」 「すごいね……」 「でしょ? そんな子と友達になるのは荷が重すぎるよ」  香奈は声を出して笑った。 「今、彼女はどうしてるの?」  涼の質問に彼女は「さあ?」と肩を竦める。 「留学してからは、まったく付き合いもないし。同級生も誰も知らないと思うよ?」 「そっか」  涼の返答に香奈は申し訳なさそうな表情で「たいした情報持ってなくてごめんね?」と両手を合わせる。音羽は慌てて「そんなことないよ!」と笑みを浮かべた。 「ただのあたしの好奇心だったのに、わざわざありがとね。下村さんも」  そのとき昼休憩終了のチャイムが鳴った。香奈は「あ、やば! 次、移動教室だった! じゃあね」と手を振って小走りに教室へ戻っていく。 「あたしたちも戻ろうか」 「うん……」  頷きながら音羽は涼を見る。  彼女はなぜわざわざ美琴のことを調べてくれたのだろう。音羽が気にしていたから? ただ、それだけの理由で美琴のことを知っていそうな人を探してくれたのか。  どうしてそこまで……。  香澄美琴が理亜と関係していると思ったからだろうか。そこまで彼女も理亜のことを想っているのか。  そのとき、ふいに涼が音羽へと顔を向けた。目が合うと彼女は薄く微笑む。綺麗な笑みだった。音羽は笑みを返してごまかすと「早く戻ろ」と歩くペースを上げた。
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