第3話 心配

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 その日から二日間、瑠衣は寮に戻って来なかった。通学に疲れて家に帰ったのかもしれない。ホッとした気持ちのどこかで寂しさを覚え、音羽は床に座ってぼんやりと二段ベッドを見つめていた。  今日は土曜日で学校は休みだ。かといって勉強をするような気分ではないし、遊びに行く友人もいない。理亜がいなくなってから毎週そうしてきたように、今日もまたぼんやりと部屋でスマホをつついたりして過ごそう。そう思っていたとき、部屋のドアを誰かがノックした。  来客など珍しい。不思議に思いながらドアを開けると、寮母が立っていた。 「崎山さんに届いてたよ」  初老の寮母はにこやかにそう言うと一通の封筒を音羽に手渡した。 「あ、どうも。手紙……?」 「珍しいわよね。今時、手紙なんて。宛名も手書きだし。お友達?」 「えっと」  封筒の裏側を見て音羽は目を見開く。そこには香澄美琴と書かれてあったのだ。 「懐かしいお友達なのかしら。いいわねー。お友達は大切にしなさいね」  音羽の反応をどう勘違いしたのか寮母はそう言って微笑むと、別の部屋へ郵便物を届けに行った。音羽は部屋のドアを閉めてテーブルの前に座る。 「香澄美琴――」  その文字の横には住所が書かれている。それはこの街から電車で五十分ほど行った先の街。まさか手紙で連絡をしてくるとは思わなかった。音羽は苦笑しながら封筒を開けるためにハサミを探す。そのとき、再び部屋のドアがノックされた。 「崎山さん、ちょっといいかしら」  聞こえたのは寮母の声だ。まだ郵便物でもあったのだろうか。ドアを開けると、寮母は今度は困ったような笑みを浮かべて立っていた。 「どうしたんです?」 「崎山さんにね、お客様なのよ」  音羽は眉を寄せる。どうやら家族が来たわけではなさそうだ。 「誰ですか?」  聞くと寮母は困ったような笑みを浮かべたまま「警察」と答えた。 「警察?」 「ええ。宮守さんのことについて、もう一度話を聞きたいんですって」 「理亜のこと、ですか」 「嫌なら断ってもいいのよ。おばちゃんが言ってあげるから」 「いえ、大丈夫です。来客室ですか?」 「ええ」  心配そうな寮母に笑みを返して音羽は来客室へ向かう。来客室は寮の玄関から近い場所にある。外部からの来客とはそこで会う規則になっている。音羽は、なんとなく周囲に人がいないか確認してから来客室のドアをノックした。 「失礼します」  返事よりも前に部屋へ入る。 「あ、どうも。お久しぶりです、崎山さん」  簡易的な応接セットの椅子に座っていた女がにこやかな笑みを浮かべて立ちあがった。 「どうも」  音羽は軽く頭を下げてから彼女の向かいへ回ると椅子に座った。そんな音羽の不愛想な態度も気にした様子はなく、女は「わたしのこと覚えてます?」と笑みを浮かべたまま少しだけ首を傾げた。  音羽は彼女の顔を見つめる。  年齢はおそらく二十代後半。身長は、音羽と同じくらいなので百六十センチくらいか。髪を後ろで無造作に結んでいるが、顔が整っているのでそれすらもお洒落に見える。皺のないパンツスーツは細身の彼女によく似合っていた。その姿は、以前にも見た覚えがある。 「理亜がいなくなったときに探してくれた警察の人ですよね」  音羽が答えると彼女は笑みを深くして頷いた。 「坂口です。よかった。覚えててくれて」  そう言って坂口は椅子に座ると音羽の顔を見つめる。 「あのときの崎山さん、ずいぶんと憔悴してたみたいだからずっと気になってたの」 「そうですか」  音羽は無表情に答える。正直、よく覚えていなかった。たしか、警察が音羽に話を聞きに来たのは理亜の葬儀が終わってすぐのことだったように思う。あのとき何を聞かれたのか、思い出そうとしても記憶は曖昧だ。
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