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――そんな顔してんなよ。もう終わったことだろ。な?
耳の奥で理亜のそんな声が聞こえてくる。
「でも、明日になればまた顔を会わせなくちゃいけないし」
音羽は理亜の隣に座って泣きながら両膝を抱えていた。
「ったく、なんだよ。たかがお茶だろ? しかも別に色が濃いわけでもない緑茶。それを制服に零されたからってブチ切れる方が悪いって」
理亜がポンポンと音羽の背中を優しく叩く。音羽は「でも」と鼻を啜りながら膝に額をあてて俯いた。
「うっかりかけちゃったのはあたしの方だし」
「うん、そうだな。音羽が悪い」
キッパリとした言葉。音羽は思わず吹き出して顔を上げた。隣ではニヤリとした理亜の笑顔。
「慰めてくれてるのか、蹴落としてるのか、どっちなの?」
「さあ、どっちだろ。そんなことよりさぁ――」
理亜は笑みを浮かべたまま、他愛のない話を始めた。それは本当にくだらなくて、どうでもいい話。そんな話をしながら、理亜は音羽の気を紛らわせてくれた。どんなに落ち込んでいても、彼女はいつもそうやって音羽を慰めてくれたのだ。いつだって……。
音羽は深く息を吐き出すと、軽く頭を振って立ち上がった。買出しにでも行こう。一人で部屋にいると彼女のことばかり思い出してしまうから。もう会えない、彼女のことを。
外に出ると、いつの間にかすでに陽が暮れていた。音羽はぼんやりと歩き続け、やがて目についたコンビニへ入った。
何を買おうか。別に不足しているものはない。お腹も減っていない。ああ、そういえばストックしていたお菓子がなくなっていた気がする。
そう思って手を伸ばしたのは、いつも夕食後に理亜が食べていたスナック菓子だった。
――この時間に食べると太るよ?
そう咎めた音羽に理亜は「平気平気。太ったら痩せればいいんだから」と笑って音羽にも食べるよう勧めてくる。それがいつもの夜のやりとりだった。
「そう簡単に痩せられるものでもないって」
思い出に微笑みながら口の中で呟いてスナック菓子を手に取る。そして顔を上げたとき、音羽の心臓が大きく鳴った。店の外を足早に歩く少女の姿がある。
長い手足に小さな頭。セミロングの黒い髪をなびかせて歩く彼女の顔を見て、音羽は思わずスナック菓子を放り出して走り出した。
そんなはずはない。
けれど、見間違うはずもない。
あれは、あの顔は――。
「理亜!」
店を飛び出すなり声をあげる。けれど、そこに彼女の姿はもうない。勢い余ってぶつかった通行人が舌打ちをしたが、構わず音羽は走り出していた。彼女が歩いて行った方角へ。けれど、どこにも彼女の姿はなかった。
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