第7話 電話

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「よっと……」  そんな二人の様子に構わず瑠衣は桟に腰かけて身体を中へ入れると靴を脱いでから部屋に足をついた。脱いだ靴は瑠衣がポケットから取り出したコンビニ袋に入れて窓の近くに置く。 「あな、あなた! 誰なの? なんでそんな堂々と部屋に!」  涼はまだ荒い呼吸を繰り返しながら瑠衣を睨みつけて言った。瑠衣はそんな涼を冷めた目で見ると「なー、音羽。こいつ誰? うるさいんだけど」と音羽の隣に腰を下ろす。 「あなたこそ何なのよ! なんで崎山さんを呼び捨てに? いえ、それよりもそんな当然のように彼女の隣に座って――」 「下村さん、ちょっと落ち着いて。声が大きいから」 「でも……」  そこで涼は言葉を切って、何かを恐れるかのように目を見開いて「崎山さん」と音羽に視線を向けた。 「まさかこの男が原因で最近、様子がおかしかったんじゃないでしょうね?」 「え?」 「だって、こんなさも当然のように部屋に入れて。わかってる? ここ、女子高の寮なのよ? 男子禁制! それなのに――」 「ストップ!」  音羽は涼の言葉を遮った。そして瑠衣の両肩に手を置いてグイッと前へ押し出す。 「瑠衣ちゃん、この人は下村涼さん。あたしと理亜の友達。で、下村さん。この子は宮守瑠衣。理亜の妹。女の子だから」 「……え?」 「だーから、女だって言ってんだろ。大丈夫か? あんた」  瑠衣がニヤッと挑発的な笑みを浮かべた。涼は何を言われたのかわからないと言ったようにこめかみに手を当て、そして「え、妹?」と音羽に聞く。 「そう。女の子」 「嘘」 「なんで嘘つく必要があるんだよ。俺は正真正銘、理亜の妹だって」 「じゃ、確かめさせて」  言うが早いか涼は瑠衣のジーパンに手を伸ばした。 「は?」  呆気にとられた瑠衣は涼の手が自分の股の部分に触れていることに気づいて悲鳴を上げる。その悲鳴は紛れもない、女子のものだった。 「ほんとね。女の子だわ」 「おま、おまえ! なんてとこ触るんだよ!」  飛ぶように涼から離れた瑠衣は音羽の背中にピッタリとくっついて震えていた。顔が真っ青だ。しかし、涼はまったく悪びれた様子もなく「だって、あなた胸ないじゃない」と肩をすくめる。 「確かめるのなら下のほうが確実だもの」 「音羽、こいつやばいぞ。気をつけろ。貞操の危機だ」  耳元でボソッと瑠衣が言う。 「それで、どうして部外者がここに? まるで我が家のような雰囲気で入ってきたけど」 「あ、うん。瑠衣ちゃん、家出中で。行くところないからここに寝泊まりしてるの。先週くらいから」 「家出中って……。たぶん中学生でしょ? 早く家に帰りなさいよ。理亜のこともあるのに、ご両親がかわいそうだわ」  瑠衣は「うるせえよ」と舌打ちをする。 「んなことよりこれ、どういうこと? このスマホ、あんたの?」  そう言って瑠衣が手にしたのはテーブルに置きっぱなしにしていた涼のスマホだった。その画面には美琴が表示されたままだ。 「なんで美琴の画像をこいつが持ってんの。音羽、喋ったのか?」 「ううん。そうじゃなくて――」 「美琴……。あなた、知ってるのね。香澄美琴のこと」  涼の言葉に瑠衣はピクリと右眉を動かした。 「彼女と理亜、どういう関係なの?」  瑠衣が苦虫を噛み潰したような表情で音羽を見た。音羽は彼女を見返し、そしてその視線を涼へと向ける。  音羽も瑠衣も答えない。そう悟ったのか、涼は「いいわ」と立ち上がった。 「香澄美琴の家に行って、直接聞くから」 「やめろ」  低く、鋭い声。瑠衣が涼を睨みつけている。 「部外者が口出すなよ。お前に関係ないだろ」 「なによ」  涼も瑠衣を睨み返す。 「部外者? だったら崎山さんはどうなの?」 「音羽は、いいんだよ」 「なにがいいのよ。あなたが巻き込んだんでしょ、彼女のこと」 「音羽は理亜の親友だ。あんたは違うだろ」 「ええ、違うわ」  涼はきっぱりと肯定した。そして「だけど」と僅かに顔を俯かせて視線を音羽へ向ける。 「崎山さんの友達だから」 「下村さん。あたしは、何も巻き込まれたりなんてしてないよ」  涼の表情が歪む。泣いてしまいそうだ。 「でも、話してくれないのね?」 「……少し、時間をくれないかな。色々と頭の中を整理しないと話せない」  涼は泣きそうな表情のまま音羽を見つめていたが、やがて「わかった」と頷いた。 「でもね、これだけは覚えておいて。あたしはあなたを助けたい。それだけだから」 「うん」  音羽が頷くと、涼は力なく微笑んだ。そしてドアへ向かうと「あ、それから」と振り向いて瑠衣を見た。
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