第7話 電話

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「あなたは、早く家に帰りなさい」 「やだね」 「寮母さんに報告するわよ」 「すれば?」  瑠衣は挑発的に口角を上げる。 「問題になって怒られるのは俺じゃなくて音羽だけど」 「あなた、ほんっとうに理亜の妹なのね。その憎たらしい態度と笑い方そっくり」  悔しそうに唇を噛んで涼が言う。そして音羽に「明日の朝は迎えにくるから」と続けた。 「え、なんで」 「また勝手にどこか行くかもしれないでしょ、崎山さん」 「過保護かよ」 「うるさい!」  涼が瑠衣に怒鳴る。瑠衣は「こわーい」とからかうような口調で言うと音羽に抱きついた。そして涼に向かって「早く出て行けよ」と手を振る。 「ちょっと、崎山さんから離れなさいよ! 迷惑してるでしょ!」 「お前のでかい声のが迷惑だよ。バレたらどうすんだ」  涼は「もう、ムカつく……」と呟くと部屋から出て行った。音羽は深くため息をつく。 「ダメだよ、瑠衣ちゃん。年上をからかったら」 「いやー、あいつ面白いなぁ。お前のこと好きなんじゃないの?」 「まさか」  音羽は苦笑した。 「下村さんは心配してくれてるんだよ。理亜がいなくなってから落ち込んでたあたしを、ずっと励ましてくれてたんだから」 「そうなの?」 「うん。あたしは、自分のことで精いっぱいだったからそれに気づいたのは最近だけど」  落ち込んでいたとき、友人が信じられなくて一人を好んでいたとき、彼女は話しかけてくれていたのだ。どんなに音羽が失礼な態度をとっても、涼はあの心配そうな表情で音羽の近くにきては話をしてくれた。差し入れも持ってきてくれていた気がする。 「優しい人なんだから、からかっちゃダメだよ」 「ふうん」  瑠衣はつまらなさそうにベッドにもたれるとため息をついた。 「おばさんに聞いたの? 警察にどう話したのか」  うん、と頷く瑠衣の表情は暗い。 「なんて?」 「言い出せなかったって」 「そう……」 「何か怖がってるみたい。違法なことはしてないって言ってたけど、本当かな」 「どうかな。あたしたちにはわからないよ」 「……だな」  瑠衣はもう一度ため息をついてベッドの端に頭を乗せると目を閉じた。 「さっきね」 「うん」 「理亜から電話あった」 「え!」  バッと瑠衣が頭を起こす。 「なんて?」 「それが――」  もう何もしなくていい。助けろというのは忘れてくれ。そう言われたことを伝えると、瑠衣はしばらくぼんやりと口をあけていた。そして我に返ったように「なん、だよそれ!」と声を荒げる。 「なんだよ、いまさら! ふざけんなよ! 何がもういいだよ。俺たち決めたのに! 理亜を助けるって! 理亜だってそれを望んでるって! だから俺! 俺は――」  堪らず音羽は理亜を抱きしめた。彼女は驚いたのか声を出すことをやめ、何度も荒く息を繰り返していた。 「また、力になれないの……?」  消え入りそうな声だった。右肩が冷たい。濡れているのは、瑠衣の顔が押し当てられているところだった。  嗚咽が、静かな部屋に響く。  音羽は小さな身体を包む腕に力を込めた。  廊下が騒がしくなってきた。学校を終えた生徒たちが戻ってきたようだ。どこかで楽しそうな笑い声が聞こえた。
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