第8話 意思

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第8話 意思

 翌朝、そろそろ登校の準備を始めようかという時間。ドアをノックする音が響いた。 「んー、誰だよ。こんな早くから」  瑠衣がクリームパンを頬張りながら言う。寝惚けているのか隠れる気配がない。彼女は少し腫れた目を軽く擦りながら音羽の動きを見ていた。音羽は瑠衣が見えてしまわないよう、少しだけドアを開ける。 「あ、おはよう。崎山さん」  立っていたのは登校の準備を整えた涼だった。そういえば、朝迎えに来ると言っていたことを思い出す。音羽は挨拶を返しながら彼女を部屋へ入れた。 「ちょっと、まだいるの?」  部屋に入るなり、涼が瑠衣に言う。瑠衣は「うるへーよ」とパンをモグモグさせながら答える。 「あんたも学校あるんじゃないの?」 「寝坊しちゃったから、遅刻して行くんだって」  音羽が代わりに答える。涼は「そう」とそれ以上は何も言わなかった。もしかすると瑠衣の目が腫れていることに気付いたのかもしれない。 「そういえば、崎山さん。どうして朝食来なかったの?」 「見張ってたのかよ。こえー」 「あんたは黙ってなさい」  瑠衣にぴしゃりと言うと涼は音羽に視線を向けた。音羽は苦笑して「パン、あったから」と答える。 「パン?」 「うん。昨日、夜ご飯を食べ損ねちゃったから深夜にお腹減っちゃって。で、パン買ったんだけど全部食べられなくて。さっき、朝ご飯にしたの」 「そう」  涼は頷きながら瑠衣のパンに目をやる。瑠衣はパンを両手で掴んで「あげないぞ」とそっぽを向いた。 「なんでそうなるのよ。まったく……。ちゃんと崎山さんにお礼言ったの? 買ってもらったんでしょ」 「そんな、お礼なんていらないよ。パンだし」 「ダメよ。買ってもらったらお礼を言うものでしょ」  瑠衣はモグモグと口を動かしながら「ありがとう」と言った。その素直さが意外だったのか、涼は少し眉を寄せて「そ、それでいいのよ」と頷く。そしてクッションの上に座った。 「じゃ、崎山さんの支度が終わるまで待ってるから」  音羽は制服に着替えながら苦笑する。 「別に、今日はサボったりしないよ?」 「いいえ。あたし、最近気付いたのよね。崎山さんって、結構予想外の行動をとるのよ。油断できない」 「お前、独占欲強いのな」  ボソッと瑠衣が呟いた言葉に涼は「それは心外ね」と答えた。 「あたしはただ、これ以上はぐらかされたくないだけよ」 「へえ」  瑠衣はそれ以上何も言わない。食べ終えたパンの袋をくしゃっと潰す音が響いた。  音羽の準備が整うと、涼は瑠衣にちゃんと学校へ行くよう釘を刺してから部屋を出た。 「ね、下村さん。浅見さんに言ったの?」  靴を履いて寮を出ながら音羽は聞いた。 「香奈に? 何を?」 「あの子が、理亜に似てるって」 「ううん。言ってないよ。香奈、宮守さんのこと直接は知らないし」 「……そっか」 「うん」  視線を涼に向けると彼女は期待したような目で音羽のことを見ていた。けれど、音羽は何も言わなかった。まだ、決心がつかない。  涼は少し寂しそうに目を伏せると、そのまま無言で歩き続けていた。  学校ではなぜか涼が話しかけてくることはなかった。もしかすると音羽が話しかけることを期待しているのかもしれない。すべてを話してくれることを。音羽は申し訳ない気持ちになりながらも、帰りのホームルームが終わると同時に教室を急いで飛び出した。  そのまま真っすぐ寮へ戻ると「おかえりー」とベッドに寝転んた瑠衣が出迎えてくれた。 「学校は?」 「ん、行ったけど昼で早退した。で、寝てた」  身体を起こして瑠衣は背伸びをする。もう目の腫れも引いたようだ。音羽は制服から私服に着替えながら「今から理亜に会う」と言った。瑠衣は目を丸くして「え、どこで?」とベッドから飛び降りた。 「海辺の公園。ほら、あのタブレットに残ってた画像の」 「あそこか。近いの?」 「うん、まあ」  音羽は頷いてから瑠衣を振り返る。彼女はすでに靴を手にして窓を開けていた。聞くまでもなく、一緒に行く気のようだ。音羽は笑って自分も靴を持って窓へ向かった。 「玄関から出れば?」 「そうなんだけど、なんとなく」  すると瑠衣はにやりと笑って「あいつに見つかったら面倒だもんな」と言った。音羽は曖昧に笑って窓から外へ出た。
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