第1話 夕希

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弁護士になりたい。 それが夕希の中学校以来の夢だ。法律を謳っておきながら、実質余り法律は関係ないバラエティも、大げさな弁護士の出るドラマも、幼い頃の夕希のお気に入りの番組だった。 学生用に優しく読み砕いた憲法の解説書で、読書感想文を書いてきたのは、俺の長い教員生活でもお前だけだ、と中学校の国語の先生にため息をつかれたこともあった。 ――人が人を守るのよ、法はその手助けをするだけ。そして法の知識は、きっと貴女を強くする。 座右の銘にしてる言葉を今日も脳裏に響かせながら、夕希はパン屋のエプロンと三角巾を外し、店裏に停めてある自転車に跨った。 夕方ぎりぎりまでアルバイトをしているから、夕希が大学院の教室に入るのは。講義の始まる数分前が常だ。 その日もそうで、学校から自転車で5分のアルバイト先から、暴走気味に駆け込んだ夕希は汗だくになりながら、開いてた席に着く。 (あー、お化粧落ちてるなあ…) ハンカチで押し付けるように、鼻の頭の汗を拭う。隣の席の子に話しかける勇気なんてない。 ひっそりと縮こまってるつもりだったのに。 「コンバンハ、糸井サン」 いきなり名指しで声を掛けられてびくっとなった。 「こ、こんばんは」 夕希はのけぞりながら、挨拶を返す。棒読みで挨拶をしてきた彼は上条琢朗(かみじょうたくろう)。夕希とは同い年の学生だ――。 彩度の高い茶髪に手首には幾重にもしたバングル。迷彩のジャケットにクラッシュジーンズ。ギターでも背負わせた方がよっぽど似合う出で立ちで、教室内でも異彩を放っている。 けれど、成績は優秀で、授業態度も至極まともだ。クラスの成績のトップ争いを、琢朗と夕希はこの大学院の前の法学部の頃からずっとしている。見た目と中味のコレほど違う例も珍しい。 「相変わらず早い出勤で」 「か、上条くんこそ。いつも前の方の席なのに、今日はずいぶん後ろだね」 「最前列の女の香水の臭いがきついから。臭いも法律で取り締まればいいのに」 迷惑防止条例とか? しかし話を返すと、更にややこしくなりそうだから、夕希は黙ってリュックからテキストを筆記用具を出す。講義の始まる前から、彼と議論はしたくない。 (上条くんの隣だったのか…) ろくに周囲を見ずに座ったことを後悔しても、今更代わるのはみっともないし、大人げない。 小さくため息をついて、夕希は教授の訪れを待った。 (今、席を移るのはいくらなんでもみっともないよね…) どうせ講義が始まってしまえば、隣は関係ない。先生の話す内容に集中するだけだ。
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