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(こんなことって…)
目の前で、しっかりと耳に残った言葉なのに、現実味がない。
「うそ…」
思わずつぶやくと、淳弥は苦笑いする。
「好き、って言って、嘘だって言われたのは、いとちゃんが初めてだよ」
「あ、ごめんなさい。信じられなくて…」
淳弥の言葉が、じゃない。この状況が、だ。
好きな人、或いは心に留まっていた人に、好きだと言われたのは初めてだった。高校の時の彼氏は、友達の延長だったし、大学の時はそれまで殆ど話したこともない男の子から告白されて、断る理由がなくて付き合い始めた。
「…わ、私も好き、です…。淳弥さんのこと…」
言い終わるか終わらないかのうちに、淳弥の唇で唇を塞がれた。ちゅっ、と淳弥の唇でスタンプを押すみたいな軽いキスをして、淳弥はきまり悪そうに笑う。
「俺、いいのかな、いとちゃんにこんなことして」
昨日まではいくらプライベートの交流があったとしても、客と店員の壁は越えてなかったのに。淳弥のセリフはそのまま、夕希にも返ってくる。けれど、もう止められなかった。
「…い、いいです」
彼の行為を許諾してしまうと、ぐっと淳弥の行動は大胆になった。
「可愛い、いとちゃん。好きだよ」
ぐっと腰を抱きかかえられ、もっと強く激しく唇を吸われた。
「…ん…っ」
つま先立ちで淳弥にしがみつきながら、夕希はそのキスを受け止めるのがやっとだ。往来でこんなこと。日頃の夕希だったら考えられない。夕希の日頃の常識的な感覚を麻痺させてるのは、深夜の静寂と闇か、淳弥の情熱か。
夕希の唇を貪ってから、淳弥は夕希を抱きしめる。
「…あんなことあったあとじゃ、ひとりで家にいるの、イヤでしょ? うちに…来る?」
ためらいがちで、でも強引な誘い。けれど、夕希に「否」の選択肢はない。夕希が頷くと、淳弥は夕希の手を引いて、坂を降りた道をコンビニの灯りの方に誘導した。
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