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今日はこのあとレジのバイトがある。チャイムが鳴ってる間に、夕希は机の上のものを取りまとめる。
リュックに詰めると、持ち上げる前に、ちょっと間を置く。認めたくないが、疲れているらしい。よし、と気合を入れて立ち上がり、教科書やらペットボトルやら、化粧ポーチやらを詰め込んだリュックを背負う。
想像より、重かった。重心のバランスを崩して、夕希の身体がふらっと揺れた。
「糸井さん」
背中から倒れそうだった夕希を支えたのは、意外なことに琢朗だった。
「…上条くん…」
「平気?」
「…うん」
「今日もこのあとバイト?」
「うん」
夕希が頷くと、琢朗は大げさにため息をついてみせた。
「あのさあ、休めないの?」
「え?」
「顔色、すっげー悪いよ。ゾンビみたい」
「……」
はっとなって、頬に手を当てる。ぞ、ゾンビ?
歯に衣着せぬ琢朗の言い方には慣れているが、それにしてもひどい。
「さ、さっき汗でメイク流れちゃったから、それでそんな風に思うだけだよ。ありがと、上条くん。メイク直して行くから」
強がりながら、教室をでて、トイレに駆け込む。
(あー、確かに)
頷けてしまうくらい、鏡の中の女の子の顔色はひどい。血色も悪いし、艶もない。目の下にはくまがくっきり。
疲れが顔に出てる、ってこういうことかあ。
けれど、今日は金曜日。明日は大学院は午前中から講義があるが、パン屋の仕事はない。夕方はすこし体を休められるはずだ。
大学の費用は親の脛を齧ってるものの、ひとり暮らしの費用は全部自分で賄ってる夕希には、仕事を休む余裕なんてない。
(よしっ、頑張ろ)
持ってたビタミン剤をペットボトルの水で流し込んで、ほっぺたペチッと叩いて、館外に出る。湿気を孕んだ重たい空気が、彼女を包む。
(明日は雨かな…)
滲んだ月を見ながら、ぼんやりと思った。洗濯物溜まってるのに。
サドルに跨り、彼女はもうひとつの仕事先に向かった。
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