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「今日はもう帰って、ゆっくりしてなさい」
レジのナイトチーフの高田という女性は、有無をいわさない調子で夕希に言った。厳しさの中に夕希の身体を心配してるあったかさも感じられ、夕希は従わざるを得ない。
「はい…」
「ひとりで帰れる? ご家族は?」
「あ、いません。ひとり暮らしなので」
高田の眉が歪んだ。親子程年齢が離れてるのだ。実際、夕希よりは年下だが、短大の娘がいると聞いたことがある。
「閉店まで待っていられるなら送っていくわよ? 仮眠室があったから、そこ借りたら?」
「あ、そんな。平気です。貧血収まったんで、もう少し落ち着いたら帰ります」
これ以上の迷惑を掛けたくなくて、夕希はそう言って、何度も高田に頭を下げて更衣室に向かった。
タイムカードを切り、着替えて、外に出ると雨が降り出してた。
「あ~…」
とことんまでツイてない。何なんだ、これは。琢朗の呪いか?
傘持ってない。自転車のサドル濡れちゃったな。タオル…持ってないや。すぐに動く気力すら分かず、そのまま店の前のベンチに腰掛けた。
細い糸のような雨を見ながら覚えるのは途轍もない自己否定感と閉塞感。一生懸命やってるつもりなのに、どうしてこうから回るのだろう。
「…疲れちゃった…」
口にしないようにしてる愚痴がポロリとこぼれると、余計に身体が重たくなった。朝までここにいたら怒られるかな、怒られるよね。強がらずに高田さんに送ってもらえば、良かったのかな。思考も散漫でまとまりがない。
苦笑交じりのため息をついた瞬間だった。
「いとちゃん?」
店の自動ドアから出て、店内で売ってるビニ傘を差そうとしてるのは、いつも夕希のレジに並ぶサラリーマンだった。
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