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夕希と別れた後、ひとり自宅に戻った。
「お帰りなさい」
淳弥の帰宅を待ち構えていたように、麻衣香が声を掛ける。
「ただいま」
妻に声を掛け、淳弥は洗面所で手を洗う。その後にまで、麻衣香はついてきた。
「もう、いいの?」
「ああ」
「せっかくこんなところまで来てくださったのに、何もしないで帰しちゃったの? おもてなししたかったわ」
君がなにもしないのが、彼女には、いちばんのおもてなしだと思うけど。
麻衣香の無神経な悪気のなさに、うんざりしながら、淳弥は「気にしないでいいよ」と返した。
「そう?」
麻衣香はまだ納得行ってない表情だ。このまま彼女が引き下がるとは思えない。妻の性格をイヤと言う程知ってる淳弥は既に逃げ出したい気持ちに駆られた。
「――隣に彼氏、いただろ? 旅行のついでなんだ。だから、平気だって」
我ながら呆れる程に淀みない嘘を並べる。恋人にも、妻にも、嘘を吐きまくって、弥縫策ばかり。うんざりするけれど、それもこれも自ら蒔いた種だ。
そして、麻衣香にだけは知られるわけに行かないのだ、彼の嘘を。
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