人混みの上で

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 あれは朝8時頃の事だっただろうか。 ビルの屋上で忙しなく動く人々を見下ろしながら「ふーっはっはっは!見ろ!人がゴミのようだ!」と笑う中学生位の女の子。 そんな光景をあの時に俺は見た。  あの時の俺はブラック企業に捕まって、それでも一人親でお金が少ない中、幸せに育ててくれた母親を支えに働き続けてて、それで……、少し前に母が死んで。友人もいる事にはいたんだが、友人に相談するのも気が引けて暫く連絡とってなくてな。   もうなんか疲れてて会社に行きたくなかったし、一人になりたくてその廃墟ビルに入ったから、勝手にイラついて、なんで一人にしてくれないのかって思った。いや、俺の事なんて知ってるはずがないだろって思うよな。俺も思う。  まぁ、それはともかくとして、俺はそう思ったまま行動した。あの時にはもう27歳だったのに。いい大人が見た目中学生によくやるよな。俺って……。  あ、あぁ。悪い、話ぶれたな。えっと、どこまで話したっけ? あぁそっか。そこまでか。 えっとだな、どう行動したかと言えば、まぁ、「どっかに行ってくれ」って下を向きながら大声で言い放ったんだよ。あ? なんだそれだけかって? いや、中学生に向けて大人が突然大声で叫ぶってよくなくないか……? 考えすぎ? ……ま、まぁいい。  それに対しての反応がだな、微笑ましいものを見るような目で見られたうえ、優しい声色で「なにか願いがあるのか?」って問いかけられてだな……。  いや、正直こいつ中二病かよとか、見た目も相まって思ったわけなんだけど。反応が予想外過ぎたっていうのと、なんか見た目に相応しくない雰囲気でつい、こう……、ついぽろっとだな、答えちゃったわけだよ。  は? 具体的に? えぇ……、いや……。あ、おい、叩くなよ! 軽くでも痛いんだよ! あぁもう。分かったから……。  「お前がどっかに行ってくれればいい。そうすれば俺はこんな世界からいなくなってやるんだ。家族すらいないこんな世界にもう居たくない」的なことだったと思う。お前、言いふらすなよ? 言いふらしたらお前の性癖がばらまかれると思えよ? 本気だからな? で、だな。  そうしたら、あいつがだな「この世界に居たくない。家族がほしい。それがお前の願いなわけだな?」って言ってきてだな……。弱みを口走った自覚があった俺はさっさと出て行って欲しくて「あぁ、そうだ。だから出てってくれ」って答えたんだよ。そしたらさぁ……。 「じゃあ、私の世界に連れて行ってあげよう。家族に関しては私が妻になってやる。喜べ!」って……。満面の笑みでだぞ? 別の世界とか、妻とか。ツッコミを入れようとしたんだがその前に手を取られて、なんか意識が遠のいてだな……。目覚めた時にはこの世界だったっていうわけだ。  まぁ、これが俺とあいつの馴れ初めだな。満足か? は? 今に至るまでもっと詳しく? や、流石に嫌だわ。今の段階で相当恥ずかしいんだぞ。ふざけんな! あ、あいつのことが好きかぁ!? お、お前まじで、そういうのやめろって言ってるだろ!  ……まぁ、今でも一緒にいるんだからそういうことだろ。……っ。くっそ。顔赤いのは分かってんだ黙ってろ! もういい! もう今日は帰る! じゃあな!  ……はぁ。ったく、疲れた。……あぁでも。楽しかったなぁ。 俺はこちらに来てから毎日そう思う。あいつに連れてこられ、色々な人と出会って、色々な事を知って。 元の世界が悪かったとは言わない。悪い人間しかいなかったと思っているわけでもない。  今、余裕がある状態で思い返してみれば俺を気遣ってくれる人も、助けようとしてくれた人だっていた。 ただ、それに俺が気付かなかっただけ。自分の事し考えていなくて俺が受け止めなかっただけだ。  けれど。そんな自分の事しか見えてなかった俺を、あいつは拾ってくれた。もしかしたらたまたま俺があそこに行ったからかもしれない。というより十中八九そうだろうけれど。  でも、あの人混みの中から、あいつが俺を見つけて救ってくれたから。……俺から見つかりに行っただけな気もするけど。 ともかく、あいつのおかげで俺はこの世界で生きていく。今日も明日も明後日も。 あいつと一緒に。  ……そういえばあいつって何歳なんだろう?
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