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「涼ちゃん…」
切ない手紙だった。
浅井君と涼ちゃんは、きっとずっと…いつまでも一緒だって気がしてた。
だから浅井君が渡米する時、涼ちゃんもついて行くはずって…誰もが思ってた。
だけど、現実は厳しい。
あたし達は、夢を見過ぎてたのかもしれない。
あまりにも楽しすぎて、あまりにも幸せ過ぎて。
涼ちゃんの家が普通の家ではない事…みんな、知ってて知らん顔してたのかもしれない。
跡継ぎの涼ちゃんは、いつ、どんな状況で、浅井君との渡米をあきらめたんだろう。
それを思うと、苦しくてたまらない。
アメリカに来た時の浅井君は、ボロボロだった。
あえて口には出さなかったけど、最初は涼ちゃんに裏切られた気さえしていたと思う。
だけど、廉と臼井君に励まされて、バンドも軸に乗り始めて…やっとチャンスを掴んだと思った矢先…廉が逝ってしまった。
「進路は晋と一緒」
そう言って笑ってた廉が、思い出の中でくすぶる。
廉がいなくなって、浅井君はギターを弾かなくなった。
『FACE』は解散して、臼井君はナッキーさんの事務所でスタジオミュージシャンとしてベースを弾いている。
バンドを組む気は…ないらしい。
彼もまた、廉の声に惚れ込み、浅井君と共に廉の後ろでやって行くと決めていた人。
そんな道を選んでも…仕方ないと思う。
浅井君は、帰国する前に一度会った。
「そのうち廉がびっくりするほどの大物になる予定やから、ま、るーも心配せんといて。」
って、無理矢理な笑顔だったけど約束してくれた。
…きっと、浅井君は立ち直る。
あたしは、そう信じてる。
涼ちゃんは…浅井君の子供の事、誰も知らないと思ってたんだろうけど、あたしは知ってた。
ううん、あたしだけじゃない。
廉も臼井君も…もちろん、浅井君も。
というのも、宇野君が連絡をくれたから。
誰も気付かなかったかもしれない。
でも、あたしは知ってる。
宇野君は、涼ちゃんが好きだった。
だから…きっと、浅井君の子供に私書箱を使った文通を勧めたのも、宇野君だと思う。
…子供にそんな事実を教えたのは罪かもしれない。
だけど、宇野君は…きっと、みんなの力になりたかったのだと思う。
実際、その文通のおかげで浅井君は立ち直ったはず。
結局あたし達は、FACEが渡米してから少しずつ連絡を取り合う事を避け始めた。
誰一人として欠けてはならなかった関係。
涼ちゃんが浅井君について行かなかった事で、彼女はきっと一生自分の人生を恨む。
あたしは、そんな思いを涼ちゃんだけにさせたくない。
廉の訃報と共に…あたしも思い出を閉じた。
「るー、お茶しない?」
頼子が庭から言った。
「あー、いいわね。」
あたしは大きなお腹を触りながら思う。
いつか、あなたが恋をしたら…
自分の気持ちに嘘をつかず、まっすぐにその人を愛してね。
辛い恋でも、苦しい恋でもいい。
人を精一杯愛したと、自分を誇れるぐらい。
「お母さん、聖子ちゃんちに行くの?僕も行っていい?」
公園から帰ってきた長男の光史こうしが、頼子の家を指差して言った。
松田聖子好きの頼子は、次女に『聖子』と名付けた。
光史より三つ年下の五歳。
だけど、その風格は頼子そのまま。
あたしは幸せな光景を眺めながら、心の中で廉に手を合わせる。
「るー。」
大好きな笑顔が優しく手招く。
そして、あたしも笑顔で…。
2nd 完
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