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「出かけるの?」  夏休み。  みんなでコンサートへ行く約束で、ちょっと早めにダリアで待ち合わせ。  出かけようとしてるところで、ママに問いかけられた。 「うん。コンサート。」 「あ…今日だった?」 「何?」 「…食事でも行こうかと…」 「ごめん、もうチケット買っちゃった。」 「あ…そうなのね…」  ママはソファーに座ると。 「…ダメね、ママ。」  苦笑いをした。 「え…?」 「るー、ちゃんと自分の世界を広げたのね。ママ、自分の遠征の事はしつこく話すのに、るーの予定を聞きもしないなんて…本当、ダメな親。」 「……」  あたしは少しキョトンとしてママの言葉を聞いて。 「そ…それは…仕方ないよ…本当、今までずっと、お休みの日も家にいたし…出掛けるにしても、頼子の家だったでしょ?だからあたしも…予定を言うって習慣…って言うか、その前に予定を入れる許可も取らないで…ごめんなさい…」  すごく、反省した。  それでも、頼子がいた頃は…一応…許可を取ってたのに。  頼子とライヴに行っていい?  頼子と寄り道していい?  って…  あたし、両親が遠征で留守がちなのをいい事に、自分の世界を自由に広げ過ぎだ…!! 「えっと…食事、明日じゃダメなの?」  この事も含めて、ゆっくり話したいと思って提案すると。 「…実はね、るー…」 「桐子。」  ママが何か言おうとした瞬間。  パパが、後ろからやってきた。 「るー、出かけるんだろ?行ってきなさい。」 「うん…ごめんね、ママ。」 「…いいのよ。」  なんだろ…いつもと様子が… 「いってきます。」  リュックを持って外に出ると、まぶしい陽射し。  今日はみんなと洋楽バンドのコンサート。  ハードロックのライヴはDeep Redしか行ったことないから、ちょっぴり楽しみ。  しかも、野外。  コンサート大好き人間の宇野君と瀬崎君は、今日のチケットを発売日二日前から並んで買った。 「あ、せんぱーい。」  ダリアに入ると、来てるのは浅井君と涼ちゃんだけ。 「みんな、まだ?」 「誠司と勇二は会場の前におるって。八木と臼井は少し遅れるって。」 「廉は?」 「……」 「何?」 「いや…あ、来た。」  振り向くと、廉がシャツをパタパタさせながらやって来た。 「あっちー。」 「走って来たんか。」 「バイク。直射日光で溶けるかと思った。」 「なんか飲むか?」 「そうしよ。瑠音は?」 「あー…じゃ、ジンジャエール。」 「おう。」  カウンターまでオーダーに向かった廉を見ながら座ると、浅井君と涼ちゃんが、じっと見てる事に気付いて。 「…何?」  目を丸くして問いかけた。 「るー、廉とつきおうてんの?」  テーブルに頬杖をついた浅井君は、少し拗ねたような顔。 「どうして?」 「せやかてー、お互い呼び捨てやし。」 「…みんな廉って呼んでるじゃない。」 「るー、男は呼び捨てんやん。マノン以外。」 「……」  目が泳いでしまった。 「しかも、『瑠音』?おーおー、いつの間に。」 「ちっ違うってば。」  あたしは、座り直して。 「つきあってないわよ。」  低い声で言った。 「でも、かなりええ雰囲気やったやん。誰でも誤解すんで?」 「…そうかな…」 「ま、廉がるーに惚れとるっちゅうのは、はたから見ても一目瞭然やったけど。」 「……」 「廉もええ奴やし、るー、なびいとんちゃう?」 「大事な友達よ。」 「でも廉は、るーがマノンを忘れとる思うてるんやないの?せやから、猛アタックしてるんちゃうん?」 「思ってないよ。」 「なんで。」 「文化祭のあと…」 「うん。」 「……」  なんだか、二人の生ツバ飲み込む音が聞こえてきそうで笑ってしまった。 「なんなんや。」 「ごめん。だって、二人ともすごい顔してるんだもん。」 「晋ちゃん、人のこういう話大好きだしねー。」 「おまえもやないか。」  二人がじゃれあってると、廉がジュースを持って帰ってきた。 「あ、ありがと。」  浅井君は話の続きが気になるみたいで、口唇とがらせてる。 「何時のバス?」 「四時。」 「まだまだじゃん。」 「まあ、ええやないか。色々語り合うても。」 「このメンバーで何語り合うんだよ。」  あたしと涼ちゃんは、浅井君と廉が話すのを黙って聞いていた。 「廉、進路は?」  浅井君がストローで氷をかき回しながら言った。 「進路?んなの、おまえと一緒に決まってんじゃん。」 「…さすが廉。」 「当たり前だろ。」  浅井君と廉は、そう言ってハイタッチ。 「進路って?」 「プロデビュー目指す。」  あたしの問いかけに、廉は即答。  プロデビュー… 「おまえはどうすんのさ。」 「あー…まだ決めてない。」 「進学は?選択科目だって、進学希望で決めたんじゃねえのかよ。」 「うーん。でも勉強好きじゃないしな…」 「おまえ料理得意じゃん。そっちの道は?」 「料理は好きだけど、仕事にするほどじゃ…」 「俺んとこに永久就職って手もあるぜ?」 「ぶふっ。」  それまで黙ってあたしと廉のやりとりを聞いていた浅井君は、廉の『永久就職』を聞いたとたん、噴出してしまった。 「やっ!!晋ちゃんたらー!!」 「す、すまん……廉、それは大胆発言やな…」  涼ちゃんが紙ナプキンで浅井君の手元を拭いてる。  仲良しだなあ。 「そっか?ありだと思うんだけど。」 「いいなあ、先輩。もうプロポーズされちゃって。」 「え。」 「え。って、何。おまえ、何だと思ってんの。」 「……」  永久就職って… 「結婚って事?」 「そ。俺は準備万端なんだけどな。」 「何の…?」 「おまえを受け入れる態勢。後は、あの邪魔者がお前の中からいなくなってくれるのを祈るばっかだな。」  廉はそう言って、まるめたストローの紙を観葉植物で仕切られた隣のテーブルに投げつけた。 「ちょっと、隣、人いるよ?」 「あ、ほんと?すいません。」  廉は少しだけ立ち上がって謝った。  隣から返事はなかったけど、浅井君が覗き込んで目を細めた。 「いいって。」  …何だか、今日はみんなおかしい気がする。  パパもママも…廉だって、はしゃぎすぎ。 「髪の毛伸びたな。」  廉があたしの髪の毛に触る。 「…何?」 「何が。」 「今日ベタベタして…」 「そっか?いつもと同じじゃん。」 「違うよ。」 「嫌か?」 「……」  あたしは無言で立ち上がって、トイレに向かって歩いた。  …気に入らない。  きっと、思わせぶりに見えてしまってるあたし自身も…。 「先輩。」  トイレに入ると、涼ちゃんが後から追ってきて。 「先輩、さっきの続き教えて?」  あたしの顔を見てすぐ、そう言った。 「さっきの続き?」 「文化祭の後、何があったんですか?」 「あー…」  しぶとい。 「文化祭の後、廉に告白されたの。」 「…告白?」 「うん。」  文化祭の日…部室で写真を撮った後。  しばらく、みんなで部室にいたけど…  そろそろ帰ろうかって事になって… 「…ん?」  腕を掴まれて、振り返ると…廉が。 「ちょっと。」  って…あたしを隣の教室に連れ込んだ。  そして… 「…俺、おまえの事、好きだわ。」  目を見て…告白された。 「だけど、あたし正直に言った。まだ真音の事…忘れられないって。でも廉はそれでもいいって。一番近くにられるなら、恋人じゃなくてもこのままでもいいって。」 「……」 「でも、それって良くないよね…」 「どうしてですか?丹野さんがそれを望んでるんでしょ?」 「だけど、廉を期待させてばかりみたいじゃない…」 「…丹野さんを好きになれないんですか?」 「廉の事は好きだけど、真音以上かって言われると…無理かも…」  あたしは気付いてしまった。  真音の事、忘れようとしてない事。  忘れよう、忘れなきゃって思ってたけど…いつもいつも考えてたのは真音の事。  自然にしていよう…そう思い始めたら、どんどんあたしの中で真音が優しい存在になってしまった。  もう真音はあたしの事なんて忘れてるはずなのに…あたしは… 「先輩。」 「ん?」 「あたし、先輩と丹野さんってお似合いだと思う。」 「……」 「だけどね、あたし、そのマノンさんって会った事ないのに、先輩の事すごく大切に想ってくれてる人なんじゃなかなって。そんな気がするの。」 「涼ちゃん…」 「晋ちゃんの話聞いてて、マノンさんって人を思い浮かべて、あたしが先輩だったらどうするかなって考えたら、きっとマノンさんの事想い続けると思うの。」  涼ちゃんは首をすくめて。 「なあんてっ、偉そうな事言っちゃってごめんなさいっ。」  笑った。 「…ありがと。」 「え?」 「真音の事、あたしまでが否定してしまいそうだったのに…ありがとう…」 「先輩、元気出してくださいよっ。今日はまだ今からが本番なんですからっ。」  涼ちゃんの笑顔に救われた。  廉にイライラしてたあたしも、どこかに行ってしまった。 「行こっか。」  涼ちゃんとトイレを出ると、心配そうな顔をした浅井君が、レジの横にいた。 「遅いやん…心配したで。」 「ごめんごめん。」 「そろそろ行こか。」 「うん。」  涼ちゃんと浅井君の後ろをついて店を出ると 「悪かった…。」  後ろから、廉の声。 「…ううん。」  少しだけうつむいて答える。 「なんか俺、変だよな。」 「…廉。」 「ん?」 「あたし、今でも真音の事好きだから…」 「……」 「だから、思わせぶりだったなら…ごめん。」  あたしが頭を下げてると。 「…一生下げてろ。バーカ。」  廉は、あたしの頭を軽く叩いて言った。 「…おいてくぞ。」 「……」 「早く来いってば。」  廉に腕を引かれて、あたしは歩き出す。  泣きたくなってしまった。 「おまえさ。」 「?」 「そんな事、俺分かってっから。もう、それ以上言うなよ。」  廉が、すごく寂しそうな声でそう言った。  何も言えなくなった。  夏の午後、うっすら蜃気楼が見えそうな空間。 「……」  あたしは幻覚を見てる?  通りの向こう、真音がこっちを見てる。 「真…」 「瑠音?」  あたしが立ち止まると、廉が怪訝そうな顔で振り向いた。 「何だ?」 「…ううん…」  見間違い?  真音だと思ったその人は、信号が変わってすぐ見えなくなってしまった…。
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