第4話 境界標騒動

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 ……ええい、でもないよりマシだろうっ!  志田さんは幽霊じゃない! ……と、いうことは場違いな笑い声が響いたらちょっとは怖いと思ってくれるはずだ! あの人にそんなマトモな感覚が残ってるとは思えないけど……っ! 「えいっ……!!」  思い切ってボタンを押す。まぁ、ガチャガチャのオモチャだし……と舐めてかかっていたらとんでもない音量が家中に響いた。 「あははははははははあはははははははっはははあははははははははははっははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははあははははははははあはははははははっはははあははははははははははっははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!」  耳の奥がビリビリと痺れる。  両手で耳を塞いでも、全く意味がない。  脳内に直接訴えかけるような、渾身の笑い声。  え? なんで? だってこれ、オモチャだから……パッケージに書いてあるアニメキャラの笑い声が三秒だけ流れるはずじゃ……。 「あははははははははあはははははははっはははあははははははははははっははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははあははははははははははははははははははははははははははあははははははははあはははははははっはははあははははははははははっははははははははははははははははあはははははははははははははははははははははははっはははははははははははははははははははははははははあはははははははははははははははははっはははあはははははははははははははははははははは!!!!!!!」  狂ったような笑い声は止まらない。  アニメのことはよく分からないけれど、このキャラクターはこんな笑い方をしていないはずだ。  第一、男性キャラクターのはずなのにこの笑い声はどう考えても女性の……。 「……あ」  この声、聞いたことがある。  一番最初に遺志留支店を訪れた時に聞いた声。  さっき、写真の中で所長に向けられていた可愛い声。  そして、最後の断末魔。 「い、妹……さん?」  呼びかけてみる。  返事はなく、けたたましい笑い声だけが木霊する。  でも、もう予想は確信に変わっていた。 「なっ、ナユナちゃんだよねっ!? あの、その……キミの辛さを全部分かってあげることはできないけど……でも、あっ、ぼ、僕にできることならなんでもするから! だから、だからだからっ……!」  何が言いたいのか自分でもよく分からない。  頭の中がぐちゃぐちゃで、全然なにも纏まらない。  でも、言いたいことは一つだけだ。お願いしたいことは一つだけだ。 「所長を、……助けてっ!!」  狂ったような笑い声は僕の願いを聞き届けてくれたのか、さらに音量を増した。  もはや、笑い声と言うよりも絶叫だ。  地面ごとひっくり返すんじゃないかと思うほどの音の波が家を包んで、その後、嘘のように静まりかえってしまった。 「……?」  おそるおそる、塞いでいた耳を外す。  所長と志田さんがいるはずの寝室からはピクリとも音がしない。 「……っ」  とにかく所長を助け出そうと思ってドアを蹴破ろうとしたら、中から開いて冷気と共に所長が出てきた。  勢い余って後ろに倒れてしまう。 「うわぁっ!?」 「朝くん、なーに転けてんの?」  スーツはヨレヨレで首もとには締められた痕が残っているけれど、所長はちゃんと2本の足で立っていた。  怖々と寝室を覗くと、ベッドに志田さんが臥せっている。  え? まさか所長が? 「そんな顔で俺を見るなよ。アイツはな、二酸化炭素中毒だ」 「二酸化炭素……?」 「あの部屋、スゲー寒かっただろ? 奥さんの遺体を腐らせないために大量のドライアイスが隠してあるんだ。密閉した室内でそんなもんを垂れ流してりゃ、酸欠によるめまい・頭痛、吐き気に苛まれるだろうな。それに、誰かさんから精神的負荷をかけられたら、余計にその確率も上がるさ」  僕が握りしめていたオモチャに目を向ける所長。 「何をしたんだ? さすがの俺も、なんのことだかサッパリ分からん」 「しょ、所長には聞こえましたか?」 「ああ。アニメのキャラクターの笑い声だろ? 意味不明だったんだが、志田はそれを聞いたら急に苦しみだしてな。あとは中毒起こしてあの状態ってわけさ」  妹さんの声は、やっぱり所長には聞こえないらしい。 「そうです、か……」  安心したら腰が抜けてしまった。  この家ではまともに立ってられないのか、僕は……。 「おいおい、しっかりしろよ」  腕を取って助けてもらう。  所長だって辛いはずなのに、どこか晴れ晴れとした顔をしていた。 「あの……良いんですか? 今まで追いつめてたのに、こんな終わり方で……」 「十分だぜ。アイツの言葉はバッチリ録音してるしな。まだ生きてるから、残りの人生は刑務所行きだな」 「録音……?」 「敵地に行くのに、ボイスレコーダーは必須アイテムだぜ」  スーツの内側にあるポケットから小さなボイスレコーダーを取り出す所長。 「なんだ……ちゃんと準備していたんですね」 「当たり前だろ? でも、朝くんが居てくれて良かった。もしいなかったら、あのまま締められて落ちてただろうな」  その壮絶さは、所長の首元にクッキリと残った十本の指の痕が物語っている。  僕は目眩の残る頭を抱えて、遠くから聞こえてくるサイレンの音をボンヤリ聞いていた。
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