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「…」
「…」
この時ーー
時間が止まった。
まわりの景色が少し暗くなり
人の波はビデオの『一時停止』のように動かなくなった。
車も人も、空を飛ぶ鳥も、水も、風さえ、すべてが静止した。
青年が、私の左手を取る。
「やはり…そなたか…」
「…御屋形様」
口をついて出た言葉に、自分が一番驚いた。
ーーおやかたさま…?
青年は、私の左手の痣をじっと見つめ、それは愛おしそうに頬ずりをした。
「…助けたい一心だった
守りたい一心だった…
だが、そなたもまた…」
「御屋形様」
涙が、
勝手に頬を伝う。
「…苦労をかけた」
「…」
青年の首の痣が、なぜだかとても愛しくてーー
はるか昔のーー記憶がーー蘇る。
ーー今は名もなき、武将。
裏切られ、屋敷に火をかけられ、御屋形様は自害した。
私たちは戦国の小国でーー
あの時、寄り添っていた。
夢でも見た残像がまぶたに浮かぶ。
命がけで、愛し合っていた。
あなたと、私はーー。
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