第一話

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第一話

 人生は、平らだ。映画や本に出てくるようなドラマティックな出来事は、決して起きない。誕生日にとびきりの奇跡、喋り出す動物、宇宙人だった友達、世界を揺るがす一大事。どれも現実とは大違い。なにもかも作り物、ファンタジーの中だけのお話。   そんなの常識だ。十一年も生きれば誰だって分かるだろう。あたしは傷だらけの学習机に広げた日記帳に『八月二十五日』と書いて、でも、そこから気分が乗らなくって、やめた。   残るはあと一週間。終わる前から、あたしは確信していた。六度目の夏休みは、今までで一番、『何も無い』。旅行も無し。“帰省”も無し。映画館も遊園地も公園も海も全部、無し。リビングのカレンダーは七月から真っ白で、あたしは毎日、宿題をするかテレビを観るか眠るだけ。パパもママも仕事が忙しいみたいで、出かける体力も時間も無し。 「家に誰かいないと怖いから、留守番係をお願いね」   疲れた顔でそう言ったママにお札を何枚か握らされて、頷いた結果、こうなった。お祭りも外食もプールも無し。そんな夏休み。  夕暮れのチャイムと共に自分の部屋(去年、やっと貰えた。それまでは使わない扇風機やストーブをしまう物置だった)から出て、リビングのミュージックプレイヤーを点ける。ラックからビートルズの初めの方のアルバムをいくつか持ってきて、まずは一枚放り込む。お腹の中に居た頃から聴いていた所為で、あたしはこういう音楽ばっかり好きになった。学校で好きなアイドルや歌手の話をされても、あたしは誰にも共感できない。だって、イマドキの俳優よりポールの方が絶対に格好良いし、曲だって歌詞だって面白い。四年生の時、音楽の授業で「好きな歌を調べよう」と言われて、「オール・マイ・ラヴィング」が好きだと答えたら、先生の方が知らなくって困っていたっけ。もうすぐ三十六歳だって言ってたのに。ビートルズを聴かない大人もいるんだって、その時になってあたしは初めて気が付いた。   ませてるね、変わってるね、って色んな大人に言われてきたけど、あたしからすれば大人の方が変だ。新しく始まったアニメやドラマ、漫画について話していると「もっと本や映画に触れなさい、長く愛されているものを」なんて言って名作と呼ばれるラインナップを勧めてくるのに、ビートルズやカーペンターズは聴いてない。感想文を書くときには「どんな気持ちになりましたか」、「どんなことが起こりましたか」って、意地でも感動とか素敵な思い出とかを引き出そうとしてくるのに、あたしが全部話そうとすると、気持ちも出来事も聞いてくれない。   そうなのだ。人生は平らで、誰かが助けてくれることも、大きな山も谷もない。……この場合の山と谷っていうのは、別に怪我とか事故とかの話でなくて、『予想外』や『転機』、または『運命』ってやつだ。それか、『メリハリ』? とにかく、みんな無理して『素晴らしい人生』に見せようと必死だけど、実際の毎日はそうじゃない。   あたしはスピーカーから流れる「ミザリー」に合わせて鼻歌を歌い、冷蔵庫から出したオレンジジュースをプラスチックのコップに注ぐ。こんな、小説にもならない、『大したことない』ことを繰り返して、みんな大人になって、死ぬんだ。   そう、本当はあたしもわかってる。例え夏休みに旅行をしたって、ビートルズを口ずさんだって、ドラマティックなことなんて、一つも現実には起こらない。人に話すとき、日記に書くとき、みんな無理して「きれいな海でかんどうしました」「この歌のメロディーが大すきです」って大げさに、まるですごい事みたいに伝えてるだけ。山も谷も無い。人生は真っ平。それを認めた人から、生きるのが嫌になっちゃうんだ。実際に、あたしは今、生きるのがとても嫌になってる。   ああ、そんなことを考える時間もないほど、予定が詰まっていればよかったのに。『退屈』って言葉が身体に染み込んで消えなくなったりしなかったのに。   ジュースを飲み干して、あたしはコップを指先で突く。ママはあと二時間で帰ってくる。それまでにお米を炊いて、お風呂を洗っておこう。掃除機は昼間済ましたし、なんなら昨日だって掛けた。漢字ドリルも小テストのプリントも、とっくの昔に終わっている。   今日も、何もない一日だった。夏を過ごしてる気もしない。エアコンの効いた部屋ではかき氷も美味しくないし、音楽を流せば蝉の声も掻き消える。誰かに話したり、書き残すほどでもない毎日。命を時間というおろし金でゴリゴリ削って縮めているだけ。   だからこそ、自由研究にあたしは『日記』を選んだ。先生たちが期待するような言葉が一つも書かれていない、世界で一番つまらない、『平らな』日記を読ませてやろうと思ったのだ。こなした家事と食事のメニュー、天気だけ書いた日記帳。『ノット・ドラマティック』。表紙にはこんなタイトルを付ける予定だ。あんたたちが期待するような、花丸をつけるようなページは一つたりとも無いぞ、と笑ってやるために、夏休みの初日からあたしはずっと書いている。呆れるほど退屈な日記を。 『七月三十日。晴れ。リビングのソファーカバーも洗った。昼食は昨日のカレーの残り。町の花火大会には行かなかった。ちょうどお風呂に入っていたので、音も聞こえなかった』 『八月九日。雨。ジーンズは明日洗うことにした。お昼にホットケーキを焼いたが、二枚焦げた。』  こんな調子で延々と続く日記を、担任はどんな気持ちで読むだろう。前みたいに『意地の悪いことはやめなさい』と怒られるだろうか。事実を言ってるだけなのに、皮肉屋だと叱られることが多くて困る。   今日は何を書こうか。そう思っていると、玄関のベルが鳴った。またママが通販で何か買ったのだろうか。それともパパが早帰りしてきた? にしては電話もメールも無かった。あたしはインターフォンの通話ボタンを押す前に、のぞき窓から様子を伺った。さて、宅配の人か、家族か。もし変な人なら、居留守を使おう。   あたしの予想は微妙に外れた。どれも当てはまらなかったのだ。玄関前には同い年くらいの、白いワンピースを着た女の子が立っている。知らない顔だった。 「…どちらさまですか」   少し迷ったけど、あたしはのぞき窓から身を引き、マイクに向かって話しかけ、相手の出方を見ることにした。これでもし、意味の分からないことを言い出したら速攻で切ろう。もしかしたら子供を使った強盗とか、そういうものかもしれないから。 「…すいません。部屋を間違えました」   その子の声は高くて澄んでいて、ハキハキしていて、なんだかシロウトっぽくなかった。まるでタレント、というか役者みたいで、まさか本当に強盗の一味なんじゃないかと思ってしまう。これは、ここで引き留めておいて警察を呼ぶべきなのだろうか。 「あなた、何号室の人ですか? あたし、産まれた時からこのマンションに住んでますけど、あなたのこと知りません」   あたしは脅しのつもりで質問した。言った後で、遊びに来ただけの可能性もあるなって気が付いたけど、それならそれで『誰の家に用があったのか』を聞けば良いや。 「……601に、泊まりに来てて、今日から。親戚なので」   言葉のつなげ方は少し不自然だけど、発音は完璧だ。外国人っぽくもないけど、日本人って感じもしない。その微妙な違和感を帳消しにするほど、本当に綺麗な声をしている。小鳥みたいな声。 「名前は?」 「エリです、タカツキエリ」 「ふぅん」   タカツキエリ。その名前を忘れないように頭の中で繰り返す。場合によっては、警察に証言するかもしれないから。 「ここは三階だよ。601は、六階。普通は間違えないでしょ。サヨナラ」    あたしは通話を切って、物音を立てずにそうっと玄関ドアに近づき、のぞき穴に右目を合わせる。タカツキエリは五秒ほど俯いたままでいて、それから右に消えていった。たぶん、エレベーターに向かったのだろう。   あたしはリビングに戻り、CDを止めた。物音に気が付けるように、警戒できるように。  シンクで米を研ぎながら、今日は『何も“有った”』一日になってしまったな、と思った。けれども、大げさに書きたくはない。   炊飯スイッチを押して、部屋に戻る。電気を点けて、ランドセルの掛かった椅子を引く。どっかりと座り込んで、鉛筆を握り、できるだけ考え込まず、なんてことなかったように日記を書く。 『八月二十五日。くもり。知らない子どもがまちがって家のベルを鳴らした。』  あなたも子どもでしょ、と突っ込んでくる大人も居るけど、子どもは誰から見たって子どもなんだからおかしくないはず。   今日までのページをパラパラと流し読んでみると、今日のこの出来事くらいしかロクなイベントが起きてなくって、ちょっと笑った。夏休みの思い出。知らない子に、人間の子どもに家のベルを鳴らされました。以上。   こんなものだ。むしろ充分、そうだ充分すぎるくらいだよ。   誰に対してもでもなく、あたしは天井に向かって呟いた。   舞台で演じられるような、みんなが語り継ぐような、そんな出来事は起こらない。十一歳の夏は、なんてことなく過ぎてゆく。  けれど、心のどこかで、その諦めをぶち破ってくれる何かを待っている。本当のあたしは、ドラマティックを期待しているのだ。   例えば、そう、タカツキエリ。あんたは何か連れてきてくれる?   本棚に並ぶハードカバー、その背を人差し指でなぞった。物語を、山と谷を、日記に書きたくても書けない秘密を、あたしはずっと探してる。この夏こそは、それに巡り合える?  やめだ、やめ。空想と現実の区別がつかない歳じゃない。来年はもう中学生だぞ。頬を両手で軽く叩いて、あたしは風呂場へ向かった。バスタブを綺麗にする為に。
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