第一章 砂上の愛の巣

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第一章 砂上の愛の巣

「トミぃ!」  校舎の渡り廊下を歩く富川敬祐(とみかわけいすけ)を見つけるなり、久井礼(ひさいれい)は彼に飛びついた。それはさながら、猫が嬉しくてじゃれつくような姿にも見える。 「こら…礼!…ったく、仕方ないな。学校では富川先生と呼べと言っているだろう」 「そんなの、めんどくさい。トミーはトミーだよ」 「…ったく、お前はマイペースなのか頑固なのか。もうちょっと世渡りうまくしろ!もう3年だろ?みんな進路は決まってるし、お前だけだと聞いたぞ、まだ迷ってるのは?」 「えー?オレは別にいいよ。卒業したら、トミーの家で一緒に住むし、バイトで食いつなぐから」 「あのなぁ…」  富川は本当に困った顔を見せる。去年の夏、ふとしたことから彼と礼は恋仲になった。互いが互いの気持ちを認め合ったとき、二人は一線を越えた。富川は化学の非常勤講師だった。七条大学で研究の傍ら、礼の通う付属高校で教鞭をとっている。 「おっと…こうしちゃいられない!悪いが礼、オレはこのあと大学の研究室へ戻らなければならん」 「え?なんだ、つまんない」 「だったら、またうちに来て一緒にメシでも食うか?」 「え?いいの?」 「ほら、家の鍵を預けておく。だから先に帰っていてくれ。たぶんオレの方が遅い」 「わかった、じゃあ今夜ね」  1.8m弱の頭上から礼の手の中に落ちてきたのは、ブランドのキーホルダーが付いた家の鍵だった。
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