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結局、おとなしく待っていた平沢はかなみと一緒に帰路に就くこととなった。
「朝、校門のとこ、いたよね?」
かなみは平沢の顔を覗き込んで言う。
「いや、今日は裏門しか行ってない。」
「どうして嘘をつくの? 私、見えていたんだから。」
「あんな人ごみに紛れていて俺が見えていた? それこそ大嘘だね。」
「嘘じゃないもん! それより大切なファンの人たちを人ごみって言わないでよね!」
かなみは怒ってほっぺたを膨らませていた。
それは、ゴールデンウィークに平沢とかなみが出かけているときのことだった。いきなりスーツの女性がかなみに話しかけてきたそれはスカウトというものらしかった。確かにかなみは顔立ちもスタイルも人よりはいいかもしれない。だけどかなみがスカウトをされるなんて全く想定していないことであった。そして、それをかなみが受け入れることも平沢にとっては想定外過ぎる出来事だった。
平沢はその事実にいまだ納得出来ないでいる。
「ていうかあんな人ごみって言ったよね? やっぱり校門来てたんじゃん!」
「はいはい、行きました。でも人ごみが見えたのですぐ引き返しました。」
「嫌味な言い方! けーぞーらしくない。」
かなみはそう言って平沢の方に向いていた顔を正面に戻す。
けーぞーらしくない、か――。
平沢は頭の中でかなみの言葉を反復した。
自分らしさというものがどういったものかはわからないけれど、正直でいることが出来なくなったのは事実だ。もちろんかなみに対しての申し訳なさもある。モデルとしての活動を始めたかなみに勝手にイライラして、勝手に八つ当たりをしている。だけどかなみはそんな平沢と関わりを断つどころか、より絡みに来るようになった。それも平沢をイライラさせているうちの一つだ。
「ねぇ、けーぞー。」
マンションのエレベーターに乗る直前、かなみは平沢の服の裾をつかんだ。
いつもと声のトーンが違った。
「私の、どこが嫌い?」
「いきなり何言って……。」
「嫌いでしょ、わかってるの。」
泣きそうな声なのがわかった。
平沢の知らないかなみだった。向き合うのが怖くて、後ろを振り向くことは出来なかった。
「俺は、モデルをしているかなみが嫌いだ。」
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