第一章 ソウル・トレーン (music by JohnColtrane’s album)1

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 ステージ袖には、今日一緒に演奏するセイ、竜野、堤がすでにもう待っていた。 「セイ、調子は?」 「ああ、大丈夫そうだ」 「そう」  文彦は年若い友人に向かって、やんわりと微笑んだ。  長い前髪の間からのぞく、セイの一重の眼は、完璧なまでのアーモンドアイだ。  浅黒い肌に、尖った顎、引き締められた唇。秋のバイオレットの薄暮の中で、黒い瞳が引き上げられて三白眼になり、白目がきらりと美しく光った。  黒いシャツにダメージジーンズ、腰から鈍色のチェーンをゆらり揺らしている。  生来のきかん気さと、まだ大学生である若さが相まって、噴出するような生気をまとっていた。 「遅かったやんか」  隣で、間伸びした面長の顔で、うっそりと関西弁で言ったのは、この中で最も年長の竜野だ。 「武藤さんが来てた。リクエストは俺が歌う『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』だってさ」 「ああ、あの人らしいなァ。相変わらずおかまいなしや」  その口調に、文彦は竜野との長年の付き合いの気安さでもって、声を上げて笑った。 「文彦、今日は俺の我儘で――」 「セイが何か我儘言った?」  文彦は不思議そうに瞳を瞬いて、セイの引き締まった顔を見た。 「レイク・フェスで俺らとやって欲しいって」 「セイがもう一度ステージに立つのに俺を選んでくれたこと、嬉しかったよ。セイがトライするなら、俺もいないとね。俺も、メンバーは集めないといけなかったし」  文彦は過去にカルテットと契約していたが、そこを出てからは誰とも組んでいない。  竜野、セイ、堤の三人が組んでいることで、文彦がそこに加わって演奏することも多かった。 「さあ、行こうか。セイの復帰戦へ」  文彦はゆるく微笑して、セイの肩に手をかけた。瞬間、セイはビクッと文彦を見た。しかし、文彦が安心させるようにやわらかく瞳を瞬くと、セイは大人しく視線を落とした。  文彦の視線は、兄のような、母のような、どこか甘やかすほどの年上の優しさが含まれていた。  文彦は、この年下のジャズシンガーの粗削りな才能を買っているのだ。 「Parlez-moi d´amour, Redites-moi des chose tendres Votre……」  聞かせてよ、君の優しい言葉を――文彦はそうセイに歌いかけて、吹き抜ける風のように微笑んだ。
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