episode256 二重取りの愛

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すぐに愛して欲しかったんだ。 だけど——。 「和樹!ちょっと待てって……!」 彼はそうしなかった。 彼は僕の為に最高のベッドを用意しようとした。 「一体何が気に食わなかったんだ?」 つまりそのまま僕をレストルームに連れ込んで 乱暴に抱いたりしなかったてことさ。 それだけ——。 「放して!」 「落ち着いて話そう」 まだ人でごった返す劇場のロビーを僕は一目散駆け出した。 もちろん人波をかき分け九条敬はスマートに僕を追ってきた。 それも気に食わなかった。 「何を話すの?僕の野蛮な提案をもう一度この人混みで話してみせようか?」 おのずと声が大きくなり注目を浴びる。 恥ずかしさより陶酔感が勝った。 「君を傷つけたのなら謝る」 「謝る?僕を男娼のように扱わなかったことを詫びるの?」 ちょうどいい具合にセーラーシャツの肩が落ちる。 「僕を困らせたいならいいさ、いくらでも付き合うよ」 好奇の視線に晒されても 九条さんは僕の手を放すことはなかった。 「恥ずかしくないの?こんな僕が……」 「恥ずかしいもんか。君が僕の全てだ」 情緒不安定な最低の恋人の手を強く握って 根気強くもう一度シャツの肩先を優しく元に戻す。
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