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「わー、あぶない、あぶない。良かったー、間に合って。」
「ほんとだよ。これ逃したら、飛行機乗り遅れてたし。支度に時間かかりすぎでしょ。」
「ごめーん。今週忙しくてさー、全然準備できてなかったの。」
電車のドアが閉まると同時に大きな荷物を持って駆け込んできた男女。ドア付近に座っていた私は、その騒がしさに顔を上げた。すると驚いたことにその男性は、会社の後輩だった。
「あ。」
向こうも私に気が付き、フリーズしている。
「うわー、ちょっと、驚いた!まさかこんな所でね。そういえば、来週休みだったよね。彼女と旅行?」
「え、あぁ、はい…。」
「はじめまして。高橋さんの同僚の沢村です。」
あ、どうも。石田ですー。」
20代半ば位だろうか、隣でぴょこんと頭を下げる彼女。いかにも渋谷や原宿の交差点にいそうな、まぁ、普通な感じだ。
「高橋さんにはいつも何かと助けてもらってるんですよー。ね?え、で、どこいくの?」
「あ、あー、えッ…。沖縄です。」
「いいなー!本島?どのあたり行くの?」
「宮古島です!隠れ家っぽい、素敵なリゾートホテルがあるんですよー。」
口ごもる彼とは対照的に嬉々として話し始める彼女。
「そうなんだー。楽しんできてね。」
「ありがとうございまーす!」
会釈すると、二人は空いた座席の方へと移動していった。降りる駅に着いた私は、席を立つ。ちらっと二人の方を見たが、こちらを見る気配は全くない。ドアが開き、外の熱気が冷房の効いた車内に流れ込む。私はそのままそっと電車を降りた。
駅前の大通り。土曜の午後ということもあってすごい人出だ。人ごみの中、意識のスイッチを切り、ただ流れに身を任せて歩き続ける。何も考えたくないとき、ふと寂しい時、気持ちを紛らわせてくれる。信号が変わり、立ち止まった。
それにしても、だ。私は昔から、不思議と人ごみの中でばったり知り合いに会うことが多い。乗降客数日本一、2-3分毎にくる11両編成という大勢の人の中で、なぜ彼らに会ったのだろう。
宮古島かー。エメラルドグリーンと青が混ざった海の色、甘い、芳醇なマンゴーの記憶が蘇る。ちょうど去年の今頃、私は宮古島にいた。そう、隠れ家っぽいリゾートホテルだ。おそらく彼らは今頃、そこに向かっている。
「ここ、いいね。来年も来よう。」
そう言っていた高橋くん。誰と一緒かは言ってなかったっけ、そういえば…。一緒に行く相手は私、と思っていたのは私だけだったのか?まあ、もう今となってはどうでも良いことだ。
信号が青に変わり、私は歩き出す。人ごみに紛れ、この行き場のない気持ちを少しずつ発散しながら。
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