スリ神様

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 よぉ、兄ちゃん。お目覚めかい? …ここがどこかって?留置所さ。 …おいおい、そう蒼褪めた顔すんなよ。刑務所ってわけじゃない。俺みたいな平凡な酔っ払いもいる普通の留置所さ。尤も他の留置所なんて知らんがね。 …どうしてここに来たのか覚えてないって?俺が聞いた話だと、人ごみの中でいきなりぶっ倒れたって話だぜ。手に女物の財布持ってたからこっちに運ばれてきたんだってよ。 …ほう、人ごみで見かけた女が落とした財布を拾って追いかけようとしたら意識が遠くなったと…。 そいつはもしかすると「スリ神様」の財布でも拾っちまったのかもしれねぇな…。 …「スリ神様」ってのはこの辺りでよく出る奴でな。…う~ん、俗に都市伝説とか言われるような奴の一つだな。 まあ、俺の迎えが来るまでまだ時間はあるし、酔い醒まし代わりにちょっくら話すか。  そいつがいつ頃からいるのかは知らねえが、俺が知る限り少なくとも十年以上前にはいたみたいだ。 時々兄ちゃんみたいに人ごみの中で財布持ってぶっ倒れる奴がいてな。調べてみるとどいつもこいつもけちなスリってわけよ。 そいつらに話を聴くとすれ違った女の上着から財布をすったら、それを懐に仕舞う暇もなく意識が飛んだんだってさ。 …何で「神様」なんだって思うだろ? 倒れた奴等皆今は足を洗って堅気の仕事に就いてるんだよ。 誰が言い出したのかは知らんが、その女はスリの世界から足を洗わせる神様なんじゃないかって言い出したんだと。 因みにどんな女だったんだ? …美人だった事は覚えているけど、近くで見たわけじゃないからそれ以上は思い出せないって?背丈とか香水の匂いとかは思い出せないか? …身長は兄ちゃんの肩ぐらいまでで、仄かに柑橘系の匂いがしたと…。大体160cm前後か。…成程な…。  …ん? …もう迎えが来たって?今日は早いな。 まあ、いい感じに酔いは醒めたな。 目が覚めたんだから兄ちゃんもついでに出るかい? …手続き?ああ、気にすんな。この帳簿に名前を書くだけだ。ほれ。  ついでだから送ろうか。住所はどこだい? …ん?まあ、一応大きくはないけど一つ会社を持ってるからな。こんぐらいの車は持ってるさ。 …運転手?そりゃあ酒飲んでんだから運転手ぐらいいるさ。俺が運転したら留置所に逆戻りだ。…つーか、運転手なしじゃ出してもらえねぇだろうな。 まあ、細かい事は気にせず乗りなよ。  今仕事は? …ああ、失業中か。じゃあ、丁度いい。 俺の会社に来ねぇか? 兄ちゃん、手先器用だろ?そういう奴が必要でな。 …何で判るって?そりゃ、そうじゃなきゃスリなんて務まらねぇだろ。 …別に惚けなくてもいいって。それを承知で採るんだし。 スリ神様ってのは財布じゃなくて上着に仕掛けがあるんだと。だから落ちた財布拾っただけじゃ倒れねぇよ。 それに兄ちゃん、「近くで見たわけじゃない」って嘘だろ?背丈や顔ならともかくつけてる香水なんて近くに寄らなきゃ判るもんか。人ごみの中に何人柑橘系の匂いさせた奴がいると思ってるんだ?近くに寄った事を隠す理由なんてそんなにいくつもないだろう? …何故、上着に仕掛けがあるなんて知ってるのかって?当人に商談の時に聞いたのさ。企業秘密って細かい事は教えてくれなかったがな。 …あれが人間なのかなんて知らんよ。ただ俺をはじめとした何人かが人材紹介会社みたいに使ってるだけだ。 まあ、悪い事は言わんから今の内に足を洗っておけよ。似たような奴に「スリ殺し」なんてヤバいのもいるし、見たところ兄ちゃんは真面目に働く方が合ってると思うぜ。 …おお、そうだな。雇用条件だがここに書類がある。まず勤務時間だが……
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