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第二章
1
「遅かったわね…。」
放課後。
死神神社に訪れた俺達を、茜はそう言って出迎えた。
出迎えた?
…いや、違うな。
出迎えたと言う表現は、迎える側に歓迎する心があるのが大前提だ。
それに対して俺が今出迎えたと表現した茜の態度はと言うと、神社の濡れ縁に腰掛けてのんびりと粗茶を飲み、もてなしの言葉なんて一切無し。
代わりとばかりによこした物と言えば、恨みたっぷりの皮肉くらい。
…よってこれは出迎えじゃない。
なら何と言うべきか。
一応帰れとは口でも目でも伝えられてないし門前払いではないが…。
「あら…言ってほしかったのかしら…?」
…うん、違う何かだ。
異論は認めない。
「お前…俺達が来る事を最初から分かっていたのか?」
「あなた達が来る事もその理由も分かっているわ…。
そこに居る光の事でしょ?」
そう言ってため息を吐きながら光の方に目を向ける。
「あ、茜ちゃんですー!」
当の光は茜を見るなり満面の笑みで手なんか振っている。
「はぁ…。」
勿論それで律儀に振り返すなんてする筈も無く、再び…今度は最大限にわざとらしくため息であしらってやがる。
そんな冷たい態度にも表情を一切崩さずニコニコと微笑み続ける光。
それは確かに慣れているからこそ出来る対応じゃないだろうか?
俺なんかいつまで経っても慣れる気がしないし、だからいつも内心で毒づいてるって言うのに…。
と言うかあんな態度取られたら俺なら耐えられん…。
「ただ慣れてるだけじゃないわ…。
それだけ彼女が純粋で人を疑わないから。
相手によってどう関われば良いかを瞬時に判断し、使い分けられる。
ある意味あなたより厄介な相手ね…。」
「おいこら…こいつへの皮肉に一々俺を巻き込んでんじゃねぇよ。」
「あら…巻き込むだなんて人聞きが悪いわね…。
私は最初からあなたに皮肉を言ってるつもりだったのだけれど…。」
人に皮肉を言っといて人聞きも悪いも何も無いだろうが…。
と言うかこいつさらっと自分で皮肉だって認めやがったぞ…。
「ふふ…私は素直に思った事を口にしただけよ…?」
「あぁそうかよ…。」
素直って言葉はそれ自体の聞こえが良いだけで、本当に良い言葉かどうかは時と場合によるからね…?
素直に言った方が相手の傷を抉る時とかもあるからね?
まぁこいつの場合絶対悪意を持っててむしろ意図的に抉りに来てるんだろうが…。
「察しが早くて助かるわ…。」
うん、悪意しか無かったわ…。
「茜っちは彼女の事何か知ってるのー?」
「…えぇ、確かに私は彼女の事をよく知っているわ…。
でももう今更私が説明する必要は無いと思うけれど?」
「…あぁ、よぉぉく分かったよ。
今日一日散々思い知らされたからな。」
大分話が脱線したが、木葉のおかげでやっと本題に入れそうだ。
「そう…なら私から話す事は何も無いわ。
後は私の居ない所で好きにやりなさい…。」
…と思ったのだが…早々に話題を打ち切って更には厄介払いまでして来やがったぞ…。
冗談じゃない!
「待て待て!あのな、俺が聞きたいのはそう言う事じゃねぇんだよ!
何で死神はこいつに俺の事を任せたのか。
そんで俺を見守りに来たこいつに!戦闘能力が全く備わってないってのはどう言う事かってのを説明しろってんだよ!」
そのまま話しを打ち切らせる訳に行かず、勢い良く捲し立てる。
「はぁ…ただ見守るだけなら別に戦闘能力はいらないと思うけど…?」
…立てたのだがソッコーで冷たくあしらわれてしまった。
「うんうん、茜っちの言うと~り。」
その上、味方内からも裏切りが出る始末…。
「そう言う事言ってんじゃねぇんだよ…。
ってかお前も同意してんじゃねぇ!」
「ふぅ…つまり、あなたは何故自分がそんな自分よりか弱い少女に見守られなければならないのか…と、そう言いたいんでしょ…?」
「あぁ…まぁそうだな。」
なんだよ…分かってるんじゃないか…。
「自惚れないで…。」
「なっ…!」
「…ならはっきり言うけれど…。
あなたは将来自殺するのよ…?」
「うっ…。」
一ヶ月前。
俺は過去と未来を自由に見る事が出来る少女、雨にあなたはこれから大切な人と出会い、そして失い自殺すると宣告された。
そして茜は茜で、俺と出会って誰かに殺される運命にあると宣告されたらしい。
そしてその運命を辿るかどうかが、俺次第だとも。
元々日向誠の世界征服を食い止める為に不確かな協力関係を結んでいた俺達は、先日お互いの運命を理解し合い。
改めて互いの運命を変える為に、本当の協力関係を結ぶ事になった。
「あなたにとって、彼女は所詮何の力も無い子供かもしれない。
でも些細な不幸で簡単に死を選ぶ人間が、純粋でポジティブな彼女よりも上だと自信を持って言える…?」
「ちょっと待てよ!俺はその未来を信じてないし、だから自殺なんて!」
宣告を受け、実際に自分が自殺するかもと考えたりもした。
でも自分なりに真剣に考えてみたが、結局その運命が自分にとって確かだと言える根拠は何一つ出て来なかった。
「自殺なんて絶対にしない。
あなたは本当にそう言い切れるのかしら?
どんな不運に見舞われても?
どんなに報われなくても?
どんなに大切な物を失っても?」
「…そりゃそうなるのは怖い。
大切な人の居ない世界で生きるなんて考えたくもないし、この力だって今の幸せを守る為に手に入れた物だ。」
「ふぅ…相変わらず寒気がするくらいクサい台詞を言うのね。」
「うっ…うるせぇ!」
くそぅ…言われてちょっと恥ずかしくなってきたジャマイカ…。
「彼女はそれすら恐れていないのよ…?
どんな不運に見舞われても、笑ってごまかしてどうせもう過ぎた事だからと無かった事にしてしまう。
どんなに報われなくてもまだ頑張るか、結果として受け止めて良かったと思ってしまう。
どんなに大切な物を失ってもまた新しい物を作れば良いとさっさと捨て置いてしまう。
人はそう言う思い切りの良さをポジティブと言うみたいだけれど、実際それを一生続けられる人間はどれほど居るのかしら…?
そんな物が美学だと言うのなら大抵の人間は醜悪と言う事になるわね。」
相変わらず元も子も無い…。
「でもそれで逃げるのは違うと思う。
どんなに思い通りにならなくても、俺は最後まで自分の未来を諦めない。
信じなきゃ未来は変わらない。
だから俺は、お前の未来だって絶対に変えてみせる。」
「はぁ…ありがた迷惑と言う言葉を辞書で調べてみる事をオススメするわ…。」
「うお、本当に言いやがった…。※二巻参照」
「ご希望に添えたようで何よりね…。」
今度は普段なら絶対言わなさそうな台詞を最悪なタイミングで言いやがった!
俺その台詞をそんなに悪意に満ち溢れた言葉として聞いたの初めてだし出来れば聞きたくもなかったよ!
「…そう言うお前はオブラートに包むって言葉の意味を辞書で調べてみろよ…。」
だからこちらも同じような皮肉で返す。
「あら…心外ね。
私でもその言葉の意味くらい知っているわ…。
ただあなたに対して使う必要性が一切感じられないから使わないだけよ…。」
ちくせう…。
ちょっと涙目になって来た所で、
「そう言えば今日お二人は居らっしゃらないんですか?」
千里が話題を変えてくれた。
クスン、幼馴染みの優しさに俺が泣いた…。
全米?知りませんよ、そんなの。
「あの二人が居ないのは別に珍しい事じゃないわ…。
凪はバイト、雫はまたガチャガチャでもしてると思うわ…。」
「あぁね…。
で、お前はお留守番って訳だ。」
「死神神社の巫女としての仕事をしている、と言ってもらえるかしら…?
私はこの場所を離れずして一つの使命を成し遂げているの。」
その発想がもう引きこもりの発想なんだよなぁ…。
「そんな物と一緒にしないでもらえるかしら…?
私は出れない訳じゃないもの。
出る必要が無いだけよ。」
うん、それも引きこもりの言い訳だわ…。
一瞬出れないをデレないと聞き間違えてちょっと期待した自分を殴り飛ばしたくなったと言うのは内緒です、はい。
「非現実な妄想をするのは勝手だけれど…それに私を巻き込まないでもらえるかしら…?」
同時に夢の事までツッコまれた気分になって一粒で二度美味しい、ならぬ一ツッコミで二度心を抉られる俺氏テラカワイソスww。
と、そこで突然背後から袖を引かれ、振り向くと雨が立っていた。
いつものようにホワイトボードを差し出してくる。
【昨日はお楽しみだったみたいだね、ロリコンさん。】
「あぁ…そう言えば言ってなかったけれど今は彼女も居るわ…。」
ぜっったいわざとだ!
それを見てまた露骨に顔を顰める木葉と顔を赤くする千里。
あぁもう…!
「ってかお前夢の中まで見れんのかよ…。」
【だからツッコミを入れてあげたでしょ?】
まさかまさかのご本人がゲスト出演でした。
「わー雨ちゃんも居るですかー!」
【!?】
光を見て、明らかに動揺する雨。
と言うかその筆談必要か…?
「死神様は雨ちゃんの事をとても心配していたのですよー?」
【死神様が…私を…?】
「はいですー。
だから私も可能な限り力になってあげて欲しいと頼まれているのですー。」
【私は別に…。】
「そう言う所がですー!」
【どう言う意味?】
「それはですねー。」
「待ちなさい…。
その話は凪が戻ってからにしましょう…。」
「まぁ…賛成だな…。
多分重要な話だろうし、今ここで俺達だけで聞くより改めて皆で聞いた方が良いだろ。」
「あなたと同意見だと言うのは不服だけど…。
これからする話しは恐らく凪にも関係がある話しだと思うわ…。」
「またのっけから拒絶反応を示してきやがってからに…。」
「あら、私がこれまであなたを歓迎した事なんて一度でもあったかしら…?」
「無いな、うん。」
だってそうでしょう?
だってそうだもん!
いつもされてきた仕返しとばかりに即答してちょっと得意げになっていると。
「それとも…あなたは私に歓迎して貰いたいのかしら…?」
うっ…それはそれで似合わな過ぎてゾッとする。
「全く…人間と言うのは面倒ね…。
それはどうだと言っておいて今度は似合わないだなんて。
私の事を全て知っている訳じゃないのに勝手に人の事をそう言う人間だと決めつけておいて。」
「うぐ…。」
ぐうの音も出ない…。
まぁ確かに俺はこいつの事を全て知ってる訳じゃない。
それに、実際人の印象は最初の三秒から五秒程で決まるなんて言葉もあるように人間は第一印象で人を判断して決め付けてしまう節がある。
実際自分の都合を好き勝手に求めておいて、やっぱりそうじゃないなんて茜からしたらただの身勝手なわがままだ。
でも今言えば見苦しい言い訳でしかないかもしれないが一概に間違ってもないような気もするぞ…。
「まぁ…否定はしないわ…。
あなたの事、とても嫌いだもの。」
うわぁ…こんなにはっきりとメインヒロインに嫌いだって断言されると流石の俺も傷付くぞ…。
「最初に言ったと思うけれど私があなたに手を貸すのは私自身の目的を果たす為。
それ以上でも以下でもない。
それが無ければ必要無いわ…。」
これがツンデレだったらどんなに良かったろう…!
誰か!
誰かそうだと言ってくれ…!
「桐人さん、なんで泣いてるんですかー?」
「うん、光ちゃん。
今はそっとしておいてあげなよ…。
キリキリはきっと今、世の不条理を嘆いてるんだよ…。」
「んー?よく分からないですー。」
「大丈夫、世の中には分からない方が良い事も沢山あるから…。」
おい馬鹿やめろ、そんな可哀想な物を見る目で俺を見るんじゃない。
それにその同情の言葉は余計に心に突き刺さるから…。
「ふぅ…やはり人間は面倒だわ…。」
「あぁ…そこは認める…。」
人間には心がある。
もし人間の心が、感情が、全て理屈で片付けられてしまえるのなら。
一つ一つにそれぞれ正解が用意されているのなら。
それならばただそれを遵守していれば良い。
それだけで良いなら茜の言うように面倒ではないのかもしれない。
でも俺は思う。
そうじゃないからこそ人間は人間なのだと。
正解が無く、間違いも無く、一人一人違って、時にはお互い意味が分からなくて喧嘩する事だってある。
だから確かに面倒だと感じる事もある。
でも俺は、今こうしてある物全部そう言う面倒を乗り越えたからこそあるものばかりだと思ってる。
仮にもしその面倒が無かったら、きっと今程深い物は出来無かっただろうから。
…なんて…こいつに言っても駄目だろうなぁ…。
「本当に察しが早くて助かるわ…。」
……ほらね?
「まぁ良いわ…。
入って、お茶くらいは出すわ…。」
「あ、おう。」
歓迎はしてないみたいだけど、こう言う事はしてくれるんだなぁ…。
「あなただけ水で良かったかしら…?」
「すいません調子に乗りました!」
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