第三章

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第三章

1  季節は夏。 七月の半ばは本格的な猛暑続きで、毎日毎日快適な自分の部屋を出る度に名残惜しさすら感じるレベルだ。 でも考えてもみてほしい。 七月の半ばだぞ? 今でこそ平日はこんな暑い中渋々学校に行かなければいけない訳だが、それももう数日までの事だ。 「何故ならもうすぐ夏休みだからだ!」 繰り返す、もうすぐ夏休みだからだ。 大事な事なのでちゃんと忘れずに二回言いました。 「どうでも良いけど、その前に期末テストでしょ…? 赤点取ったら夏休み補修らしいじゃない。」 今は日曜日。 扇風機の前で現実逃避していると、掃除機をかけていた母さんが唐突に現実を突き付けてくる…。 「ぎゃぁぁぁ!聞きたくなぁぁぁぁい!」 絶叫が扇風機で震えるのも夏の風物詩だろう? 「期末テストってなんですかー?」 横に座って父さんが置いていった絵本を読んでいた光が聞いてくる。 「光、よくぞ聞いてくれた。 期末テストってのはな。 まさに弱肉強食の世の中を物語った実に恐ろしくて横暴な教育方針の一つだ。」 「ふむふむ、弱肉強食ですかー。」 「こーら、子供に変な事教えないの。」 本気で熱弁していたのだが、母さんに小突かれた。 「期末テストって言うのはね、長いお休みになる前にどれだけ勉強を理解出来てるかを調べるテストの事よ。 で、もし赤点を取ったら夏休みが削られて補習に当てられるって訳。」 「ぎぃやぁぁぁ!」 「うるさい。」 再び小突かれる。 だって横暴過ぎるだろう…。 折角の限られた長期休みが、普段のように勉強で潰されるなんて…。 「ちなみに…もし補習になんてなったら…どうなるか分かってるわね?」 こえぇぇぇ! 怒った人の頭上に角が見えるってガチなんだな…母さんがマジで鬼に見えた。 「そ…そう言えばお前、フランス語得意だったよな?」 「うーん、フランス語がと言うより人が話す言葉は大体話せますよー。」 「マジかよ…。」 「はいー。 私達天界の人間は色んな国から来る魂の対応をしていますから、ここで働く上で全五十ヵ国語は一般教養ですからー。」 「一般教養のスケールが違い過ぎんだろ…。 でもそれなら…。」 言いかけてハッとする。 いや…流石に小学生に教えを請うのは高校生のプライドが許さないだろう…。 「…?どうしましたー?」 「いや…何でもない…。」 仕方ない…腹を括ろう。 そうだ、せめて勉強するなら涼しい場所が良いだろ。 図書館にでも行ってみるか。 重い腰を上げて身支度を始めると光も絵本を閉じて、 「桐人さん、お出かけですかー?」 と聞いてくる。 「ん、ちょっと図書館にな。」 それに律儀に返事した事を一瞬で後悔する事になった。 それを聞いた光は目をキラキラと輝かせてこちらを見ていたのだ。 「…言っとくけど連れて行かんぞ?」 どうせそうだろうと思って釘を刺す。 するとそれを聞いて明らかにしょんぼりしている。 擬音にすればガーンって奴だ。 「あのなぁ…俺は別に遊びに行く訳じゃないんだぞ? 快適な空間で静かに昼寝を…。 じゃなくて勉強しに行くんだよ。」 慌て言い直したのは勿論母さんの殺意の眼差しを感じたからだ。 だってマジで怖いもん! 絶対実の息子に向ける視線じゃないもん! 「ぶー…私だってただ遊びに行く訳じゃないのですー。」 「…一応聞くけどじゃあなんだってんだよ?」 「桐人さんを見守ると言う最重要な仕事の為、です!」 大変元気良く、自信満々に言ってくる。 「…自信満々に言っておいて敵が来たら逃げるんだろうが…。」 だから偉いですねー!じゃあ良い子だから連れてってあげよう!なんて思わん…。 ため息を吐きながら引き続き支度を進める。 「むー…桐人さんは酷いのですー…。 私に痛い事したのに責任も取らずにお払い箱だなんてー…。 クスン。」 「だから言い方!!」 その時、背後から再びさっき感じたばかりの殺気(間違ってもだじゃれじゃない)を感じ、恐る恐る振り返る。 「あんた…光ちゃんに何したの…?」 「ただデコピンしただけだ!」 くそう…こないだと同じパターンじゃねぇか…。 「お母様ー…。 桐人さんが図書館に連れて行ってくれないのですー。」 ちょ、こいつは…! 「まぁ…酷いお兄さんね!」 言いながら目で連れてってあげなさいと言う視線と、手を出したら殺す、と言う殺気が同時に伝わってくる。 「ったく…分かったよ…。」 「わーいですー!」 渋々折れると、光は部屋に支度をしに行った。 いや、部屋って言っても俺の部屋なんですけどね。 一応母さんにはフランスから長期間のホームステイでやって来た。 桐人さんとは文通を通じて知り合ったと光が説明した。 とりあえずはそれで信じてもらえてすっかり家族の一員となった訳だが。 最近の光は普段こそさっきみたいに親父が置いて行った絵本を読んでいるが、一度出かけると言えば、ちょっとした用事とかにも遠慮無しに付いてこようとする。 学校にはついて来ないようにと説得するのだってどれだけ苦労した事か…。 結局、今は俺が高校に行っている間は母さんの手伝いをしているらしい。 それでも度々母さんに買って貰ったらしいキッズケータイでこまめに無事を連絡しなければいけないと言うリスクがある訳だが…。 そうこうしている間に準備を整えた光が部屋から戻ってきた。 最初に出会った時に来ていた白のフリフリワンピースの光は居ても立っても居られないようで、 「さ、早く行きましょうー!」 言いながら手を掴み、引っ張ってくる。 「やれやれ…。 言っとくけど図書館では静かに、だぞ? 今みたいに騒いでたら追い出されるからな?」 「はーいですー!」 間違いなく追い出されるレベルの元気な声で返事をする。 「本当に分かったのかよ…?」 ドアノブを開き、二人で並んで歩き出す。 俺の家から一番近くにある図書館は徒歩で十分程の所にある。 県民文化センターの施設内に設けられたそこそこの広さの図書館で、普段から多くの近隣住民に親しまれている。 図書館に着くと、光は早速児童書コーナーに走って行き、めぼしい物を探し始めている。 「あれ、桐人じゃん。」 「ん…?」 突然の声に振り返ると、凪と雫が立っていた。 「うげ…またお前なの?」 と、また露骨に顔を顰める雫。 全く…相変わらず生意気な…。 ちょっとは光を見習えよな…。 …いや、やっぱり駄目だ。 あれを見習ったらロクな事無いな、うん。 「こーら、そう言う事言わない。 偶然だね、桐人も本を借りに来たの?」 「いや、俺は一応勉強…っとあれの面倒…。」 椅子に座って嬉しそうに絵本を読む光の方に目を向ける。 「あぁ…なるほど。」 「それでお前は?」 「私は今日バイトが休みだから何か本でもって思ってさ。 そしたら雫も一緒に行きたいって言うから、二人で来たって訳。」 「ふーん、お互い子供の面倒って訳か。」 「はは、そうだね。」 「あ!雫ちゃんですー!」 「うげ、うるさいのなの…。」 「雫ちゃんもこれ一緒に読みませんかー? とっても面白いのですー。」 ニコニコと隣の椅子を引きながら手招きする光。 「ふ、ふん…仕方無いの…ちょっとぐらいなら付き合ってやるの。」 そう言って顔を少し赤らめながら、光の居る方に歩いて行く雫。 「素直じゃないなぁ…。」 そんな様を眺めながらぼやく。 「まぁ、確かに桐人にはまだ懐いてないみたいだね。」 「そこは認めんのかよ…。 …それにあいつ俺だけじゃなくて光にも懐いてないだろ。」 「ううん、あれでもまだマシになった方なんだよ?」 「そうなのか? ってか…そう言えばお前らって、あいつとは最初どうやって知り合ったんだ?」 「実は彼女、桐人達がここに来る前はちょこちょこ私達の様子を見に来てたんだよ? 最初生まれ変わった私達に大まかな事情を説明してくれたのも彼女だし。 その時に自分が自殺してる事、これから死神神社の巫女として生活する事、あと力の事とかを聞いたって訳。 彼女、様子を見に来る度に雫に声をかけてたみたいなんだけど…。 雫は中々心を開こうとしなくてさ。 でも光は全然諦めないで声をかけてたからあんな風にうるさい奴って言ってるって感じ。」 「なるほどな…。」 うん、その絵面余裕で想像出来るわ。 「今でこそ単に素直じゃない照れ隠しって言う感じだけど、多分最初の内はそう言うのじゃなかったんだろうから…。 だから今はまだ良くなった方だよ。」 「そっかぁ…。」 生前自殺していると聞いて、一番信じられなかったのは他でもない雫だ。 生まれ変わった当初の雫を俺は知らないが、複雑な心境だったであろう事くらいは何となく分かる。 「そう言えばお前結構本とか読んでんだな。 前に部屋に行った時も結構本棚に本入ってただろ?」 「ん?あぁ…やっぱり家計を支えるってなるとそれなりの教養があった方が良いかなって。」 「そっかぁ…相変わらずすげぇな、お前。」 「いやいや、これぐらい当然だよ。」 「こないだの肉じゃがもすげぇ上手かったし、木葉が今度レシピ教えてほしいって言ってたぞ?」 「え、本当?嬉しいけどちょっと照れるなぁ…。」 などと言いながら顔を赤くして頭をさする凪。 「あれってやっぱりその勉強の賜物なのか?」 「あ、いや…なんて言うか…。 気が付いたら大体の事は出来るようになってたと言うか…。 多分これも生前の感覚なんだと思う…。」 言いながら俯く。 「わ、悪い…。」 「ううん、良いよ。」 折角話題を変えたのにまた暗くしてどうすんだよ…。 などと自責していると、 「じゃ…じゃあさ、また食べに来てよ。 その…皆で…。」 少し照れくさそうに呟く。 「お…おう、楽しみにしてるよ。」 それにつられて、今度は俺まで照れくさくなってしまう。 「うん、待ってる。 へへ。」 そう言って小さく笑う。 不覚にもドキッとした。 「どうしたんですかー?桐人さん。 たこさんみたいに真っ赤ですー。」 「凪もなの!」 「「なってない!」」 二人して反論する。 ちなみにその声で司書の人に二人してお説教を受け、結局お互いに自分の目的は果たせず…保護者の面目も丸つぶれだった。 とほほ…。
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