第一章

1/3
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

第一章

1  最初に言っておく。 これから俺こと海真桐人が語る物語は、ホラーとかファンタジーとかそう言うジャンルに類する話しだ。 だからけしてラブコメなんかじゃない。 ヒロインとキャッキャうふふなんてある訳ないし、それを見て泣いたり笑ったり…ドキドキしたりワクワクしたり、ラジ○ンダリー…なんて事はない、断じてない。 無い筈なんだ…。 あるのはそう…あまりに現実的で、それでいてとても現実離れした日常の物語。 だから不名誉なあだ名でいじられたり、さ○こに待ち伏せされたり、二宮金次郎もどきに追いかけ回されたり…。 そんなコメディー要素バリバリの話しでもない。 ……ないよな…? ただまぁ、今俺は夢の中に居る。 今日起きたとある出来事、まぁ今はとりあえずその説明は置いておこう。 それによる疲れもあったから帰って早々ベットに倒れ込み、そのまますぐに深い眠りに付いた。 だから今は夢の中な訳だが…。 健全な男子高校生なら一度は好きな女子と最初に述べたようなキャッキャうふふな妄想混じりの夢を見て舞い上がった時ぐらいあるのではないか? だからじゃないが、どうせ今は夢の中なんだ。 普段はあり得ない、現実とは大違いな妄想をしたってバチは当たらないだろう? 例えばそうだ、俺は高校、大学を出てそこそこの企業に務めている。 けして裕福な家庭とは言えないながら、毎日家では大好きな奥さんが最高に上手い手料理を作って待っていてくれて。 そしてそれを食べながら、一緒に二人で今日一日の苦労を分かち合いながら。 その笑顔に癒やされて、明日からもまた頑張ろうと元気をもらうのだ。 そんな思わず頬が緩みそうになる幸せな日課に思いを馳せ、仕事の疲れを振り払いながらドアを開く。 靴を脱ぎながら、努めて明るくただいまと言う。 「遅いよ~。 キリキリ~早くご飯~。」 そんな俺を迎え入れるべく廊下に出てきたのは高校の時のクラスメート、染咲木葉。 と言うかこれ迎え入れるって言うより完全に飯をたかりに来てるだけだよな…? 思わず無言で扉を閉める。 うん、ないわ。 そんな絵に描いたような幸せな新婚生活なんてある筈なかったわ。 いやそれは分かってたけど…! 分かってたけどだからってこのオチはあんまりだろう…! こいつの旦那になんてなってみろ。 ペットと飼い主関係になる恐れしかない。 しかももれなく尻に敷かれる側なんだぜ。 毎日くたくたになるまで働いて、帰ったらこいつの世話。 おはようからおやすみまで木葉さんの提供で…。 破綻だ、身が持たん。 全く…こいつは何荘の彼女だよ…。 そうじゃない、もっとこう…俺がイメージしていたのは…そうだ! 高嶺の花との格差恋愛!みたいな。 現実じゃないからこそ、身の丈以上の物を求めたくなるだろう? 例えばそうだ、こんなヒロインはどうだろうか? どんな学園にも一人は居る(と思う)学園のアイドル。 成績は常にトップ、容姿端麗、異彩を放つオレンジ色の髪にルビーを埋め込んだように深紅の目。 しなやかな体躯に、細くて華奢な手足。 誰が見ても美人と形容される容姿。 オマケにスポーツまで万能にこなしてしまうような完璧超人。 そんな彼女と主人公はある出来事をきっかけに知り合い、互いに少しずつ心惹かれ合ってていき…。 おぉ!ベタだけどめちゃくちゃそれっぽい! これだよ!こう言うのだよ! 俺が求めてたのはこう言う夢だったんだよ! そしてある日、彼女を学校の屋上に呼び出してストレートにこう言うんだ。 「初めて出会った時から好きだった。 俺と付き合ってくれ!」 まぁ…この台詞もベタだし、口に出して言う勇気なんて実際にはないんだけどさ。 でも夢とは言えこんな素晴らしいシチュエーションに遭遇しておいて何もしないなんて主人公として間違っているだろう? 据え膳食わぬは男の恥だ。 だからここは多少ベタでも思い付く限りで一番の告白をぶつけるべきだろう。 そんな俺の告白を聞き、彼女は照れくさそうに俯きながら、でも確かに嬉しそうに答えを返すのだ。 「お断りよ。」 そう、こんな風に。 …ん? おかしいな、聞き間違えか? 「二度も同じ言葉を言わせないで頂戴。 お断りよ。」 よくよく見ると照れくさそうに俯いてる学園のアイドルなんて何処にも居なかった。 居たのは拍子抜けした俺に哀れみの目を向けて鼻で笑う茜。 「理解出来ないわ…。 付き合う? つまりあなたは私とそう言う関係になりたい…と。 あなたはつまり、自分のつまらない人生を一時の現実逃避で潤したいから私をそれに巻き込みたいと…? それがあなたの言う幸せなのかしら…? 随分と勝手な幸せなのね…?あなたが言う幸せは。 そもそもそんな誰もに確約されている訳じゃない行為が幸せだなんて…あなたは自分の人権すら否定する哀れな人間だったのかしら…?」 うん、これもないわ。 容赦なく現実を突きつけるだけに留まらず、さりげなく…と言うかもはや包み隠すそぶりすら見せずに人格否定までしてくる学園のアイドルなんてエグい、エグ過ぎる。 本当に全くどうしてこうなった。 そもそも不屈のノーデレラ(彩り罵声とたっぷりの皮肉を添えて)の茜さんにそんなシチュエーションを求めた俺が馬鹿だった。 フランス料理っぽい言い方してもちっとも美味しく頂けない茜さんマジパナイっす…。 そうじゃない、そうじゃないんだ。 俺が求めてるのはもっと普通の…そう… 「あ…桐人、おかえり。」 そう声をかけてくれるのは、黄緑色のウェー ブがかかった髪を後ろにリボンで纏めた凪。 今日の夕食は肉じゃがか。 食べる前から良い匂いでお腹が一杯だ。 まぁ普通に食べるけどね。 ダイニングキッチンの椅子に腰掛け、料理の到着を待っていると、突然勢い良くドアが開かれる。 「桐人君!私の事…忘れちゃったの…!?」 「ち…千里!?」 ここでまさかの幼馴染、前村千里さんの乱入。 「そうだそうだ~!この浮気者~!」 うげ…こいつまで居んのかよ…。 「ちょっ…!?あんた達いきなりなんなのよ!?」 ここでたまらず凪が反論する。 「なんだ君はってか!? そうです私が木葉です!」 うるせぇよwww そう言う事言ってんじゃねぇんだよww 〈全く…。 年下だけに留まらずこんなに沢山の異性の心をたぶらかすなんて…とんだすけこましだね。 ロリコンの風上にも置けない。〉 雨…お前まで居んのかよ…。 それにそんな不名誉な風上に置かれてたまるか! 「あはは!しゅらばなの!」 んで雫、お前は絶対その言葉の意味を分からずに言ってるよな…? もし知ってるんなら何処でそんな言葉覚えてくるんだよ…? 「実に滑稽ね…。 そんな物があなたの望んだ幸せなのかしら…?」 そしてとどめとばかりにまた茜が鼻で笑う。 ぬがぁぁぁぁ!! 違う!絶対違う! 駄目だ…。 どう想像してもバットエンドにしかならない。 夢の中で絶叫したところで、だんだん意識がはっきりとし始める。 要するには目が覚め始めているのだ。 現実に戻ろうとしている。 何てこった…。 パンナコッタ…。 夢の中でさえ心安まらないなんて…。 こんなのやっぱりラブコメじゃない、こんなの間違ってる…。 そのまま思わず某ラブコメのタイトルを叫びたくなるが、ちゃんと堪えた俺を誰か褒めてくれ…。 あぁ…夢が終わる。 目を覚ませば、また新しい日常が始まるのだ。 それこそ俺が本来生きるべき日常であり、いつもの現実的な世界。 最初に述べた通りラブコメとは無縁な、普段通りの日常。 だから意識がはっきりする事でだんだん感じ始めた良い匂いもきっと気のせいだ。 と言っても、それは母さんが作っているであろう朝ご飯の匂いとかじゃない別の類いの匂い。 香水とかシャンプーとか、そう言う類いのフルーティーで爽やかな匂いだ。 そしてすぐ近くからする小さな寝息。 まさか親父が帰って来て俺のベットに潜り込んで来やがったのか? オイオイフザケンナヨー。 ツウホウシマスヨー? これがもしベタなラブコメなのなら、この後の展開は皆様のご想像の通りなんだろうと思う。 でも現実はそんな要素皆無だからね? 言ったでしょ? これ現実のお話よ? 目を覚ましたら理想の美少女が隣で寝ていて、なんやかんやあった後最終的には結ばれてハッピーエンド…なんてギャルゲーの中だけのお話ですよ? いやまぁ…実際良い匂いだけども。 だから母さんの方かも、とか母さんのシャンプーを親父がふざけて使っただけかも? とか思ったりするけども。 …するんだが。 どれだけ今起きている出来事を現実的な展開に変換しようとしても、片付けられない事実が確かにあった。 それは小さな寝息。 いくら母さんだとしてもこんな可愛らしい寝息な筈がない。 と言うかこれが本当に母さんのだったら色んな意味で鳥肌モンだわ…。 それに混ざる声も随分と若々しい。 思わず目を開いてから慌てて隣を見ると、確かに自分の隣で誰かが寝ていた。 レモンのように鮮やかな黄色のロングヘアーに、純白のフリフリワンピース。 ただでさえ幼くてあどけないのに、それに加えた童顔。 フランス人形のような端正な顔立ちから出る可愛らしさ。 現実逃避の為とは言え、こいつの事を親父だなんて思おうとしていた自分を全力でぶん殴りたくなるレベルの見るからに小学生ぐらいの美少女…。 「誰だ…?こいつ…。」 とりあえずベッドから降りてその前に座り込んで考えてみるも、本気で分からない。 どれだけ記憶を呼び起こしても見覚えが全くない。 と言うか今まで無意識だったとは言えこんな美少女と一緒に寝ていたなんて…。 …事案だ。 うん、通報されるのは親父じゃなくて俺の方だったわ…。 いや、確かに美少女ですよ? それっぽい展開ですよ? ちょっとドキッとしてそこからまさしくラブコメみたいな展開になれば…。 って…そんな訳無いだろう!? 常識的に考えろ。 いくら美少女だからって子供だぞ? こんないたいけな見ず知らずの幼女と一晩一緒に寝ていただなんて事案だ、間違いない!気を付けろ! …なんて余裕ぶっこいて古いネタをひっぱり出してる場合じゃない! 考えろ、海真桐人…。 この状況をどうやったら乗り越えられる!? 1、見なかった事にする。 うん、現実逃避。 全く解決してない。 2、全力で身の潔白を証明する。 これだ、多分これ以上の策はあるまい。 いや…でもただでさえ最近ロリコンだなんて在らぬ疑いをかけられてるのにこの状況は大変マズい。 何言われるか分かったもんじゃないし、話しすら通じないかもだぞ…。 3、夜逃げする。 「破滅だぁぁぁぁぁぁ!」 大絶叫。 「ふみゅう…もう朝ですかー…?」 「おぉう!?」 思わず変な声が出る。 慌てて振り返ると、隣で寝ていた少女が欠伸をしていた。 「うーん…。 まだ眠いですー…。」 「お、お前は誰だ!」 「ふぁー…誰ってー…。 さっきまで一緒に寝てたじゃないですかー…。」 「っぐ…!?」 「むにゅう…。」 「そ、それは俺の意思じゃない!!俺は無実だ!」 そう叫ぶ声は必死だ。 「ふぁー…。」 だと言うのに、この少女は緊張感のきの字もなしに呑気に欠伸を繰り返すばかり。 「だぁぁぁぁ!真面目に聞け! 質問に答えろ!」 「そんなに大きな声を出さないでくださいー…。 頭と耳が痛いのですー…。」 「誰のせいだと思ってるんだ!?」 「うー…そんな事言ってもー…。 昨日はずっと桐人さんを探していたから疲れてるんですよー…。」 「は?俺を…?」 「はい~…。 私、光って言いますー。 死神様からあなたを見守るように言われて天界から来ましたですー。」 「し、死神だって!?」 「死神様を知ってるですかー? なら話しは早いですー。」 「いや…知ってるも何も…。」 死神。 この一ヶ月程で随分と聞き慣れた名前だ。 そしてその一番の要因は間違いなく死神神社にあるだろう。 俺は最近、そこに住んでいる巫女の茜、雫、そして凪の三人と出会った。 一番最初に出会った茜は、焔の巫女。 夢の中で説明したように見た目はとても良いのだが性格は相当ひねくれている。 超が付くほど無愛想。 オマケにかなりの毒舌家で、実際俺もその毒牙にかかった一人だ。 そんな茜と今俺は、訳あって協力関係を結んでいる。 茜が持つ力は三つ。 炎を操る力、読心術、そして、どう言う訳か茜だけが使える力、夢幻。 夢幻は相手に心を試す試練を与える力。 そしてもし相手がその試練を乗り越えられれば、どんな力でも手に入れる事が出来る。 ただし、一度その試練を受けると乗り越えるか、もしくは死ぬかしか抜け出す術はない。 そしてその試練を乗り越えた人間は少なく、俺、千里、木葉はその少ない中の三人だ。 二人目の巫女、雫は泉の巫女。 氷や水を操る力を持っている。 三人の中では最年短で、超が付くほど生意気なクソガキだ…。 あ、あとは語尾に、【の】とか【なの】とか付けてるってのも特徴だな。 それとガチャガチャが好きらしい。 三人目の凪は嵐の巫女。 自然を操る力を持っていて、風のような素早さで動く事が出来る。 最年長だからか二人の面倒を買って出る頼れるお姉さん、と言ったところか。 俺がさっきまで疲れて寝ていたのは、一昨日に雫、そして昨日は凪、と二日間かけてこの二人と戦ったから。 もっと強くなりたかった俺は、茜の提案で二人と特訓も兼ねて戦う事になったのだが…。 実際は特訓なんてのは終わった今だから言える名目だからね? 方や大勘違い、方や特訓どころか本気で殺しに来てるで特訓どころかガチに死にかけた件。 本当、よく生きてるな…俺。 とは言え、それによって得られたメリットもちゃんとあった。 最初、大切な人を守る為でしか使えなかったバリアが自分の為にも使えるようになったと言うのがまず一つ。 二つ目にバリアを複数出せるようになって、その中を自由自在に移動する事が出来るようにもなった。 雨が言うには、茜の試練で得た力は持ち主の心次第で変化する傾向にあるらしい。 その事実も分かり、実際に変化した訳だから、まぁ無駄に殺されかけた訳じゃないと言うのがせめてもの救いか…。 と、言う訳で…。 二日連続で殺されかけると言う過重労働で疲れ果て、死んだように(これは流石に誇張だが)寝ていたら…。 まさかまさかのこの仕打ちですよ。 まさに天国から地獄。 いや…夢の中に天国要素全く無かったわw むしろ地獄から大地獄に突き落とされた感じだったわw 「で、その死神がどうしたんだよ?」 改めて光に問いかけ、 「むにゃむにゃ…」 …たのだが…。 その目は虚ろで、俺の声は全く届いていないようだ。 「だから寝るな!」 今にもこっちに傾いてきそうなおでこにデコピンする。 「ふにゃ!?うー…痛いのですー…。 だってー…桐人さんの回想が長いからー…。」 「アホか…本来回想ってのはこっち側の人間には見えない仕様なんだぞ?」 「ふぁー…そんな仕様知らないですー…。 ダダ漏れですー…。」 あぁ…やっぱりそんなご都合主義は聞かないかぁ…。 本当に変な所で現実的なんだよなぁ…。 「と言うか…それより質問に答えろ。 何で死神が俺を?」 「死神様は桐人さんに興味を持ったみたいですよー。」 「興味…ねぇ…。」 「桐人!起きてるの!?」 とここでドアの向こう側から母さんが呼んでくる。 「げっ…やっべ…! こんなの母さんにバレたら…!」 「もう知ってるのですー。」 「…は?」 同時にドアが開く。 「あらー!光ちゃんおはよー!」 息子の俺ですら長らく見てない顔と聞いた事のない声色で光に挨拶をしながら中に入って来る母さん。 「はいー!おはようございますー!」 「ちょっと待てよ!? 何で母さんがこいつの事知ってんだよ!?」 あまりの普段と違う態度に一瞬別人なのでは…とさえ思ったが…。 「あんた!こんな小さな子といつどこで知り合ったのよ!?」 「知り合ったのは今だ!」 うん、いつもの母さんだ…。 「何を言ってるのよ! この子があんたに会わせてくれって言うからわざわざ泊まってもらったのよ?」 「いや…そう言われても…。」 うーむ…。 これは何を言っても聞きそうにないぞ…。 早速さっきの作戦その二が封じられたじゃないか…。 「お母様ー喧嘩は駄目なのですー。」 …などとどうするか迷っていたら、こいつは満面の笑みでこんな事を言うのだ。 「誰のせいだ!?」 「あら…そうね。 ごめんなさいねー。」 いや…この人…。 実の息子と見ず知らずの幼女とで扱いに差があり過ぎやしませんかね…? そんな不満を目で訴えていると、 「それよりもうこんな時間じゃない! 早く支度しなさい!」 何だか上手く交わされたような気がするんだが…。 とは言え時間が押してるのは事実だった。 「へいへい…。」 仕方なく返事を返す。 「ふみゅ?桐人さんどこかに行くんですかー?」 「どこかにって…学校だよ。」 「ふむふむー。 では私も一緒に行きますー♪」 「…は?」
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!