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 転勤族だった父のお陰で、俺には小学校と中学校で2校ずつ、母校がある。  その内、小学2年から6年の夏までを過ごしたのが「朝陽(あさひ)第二小学校」だった。  俺は運動神経が良く、足も速い方だったので、運動会の大トリ、6年生のリレー選手の一員に選ばれていた。  夏休みも、ほとんど毎日朝練に励む程、運動会は地域挙げての一大イベントだったし、中でもリレーは花形競技だった。  あの日――忘れもしない。夏休み最後の週末も、当然のように、暑くなる前の午前8時から、俺達は小学校のグラウンドに集合した。 「あれ、将太(ショータ)は?」  リーダー格の一朗(イチロー)が準備運動を始めようとしたので、まだ仲間が欠けていることを指摘した。  リレーの走者は4人だ。これに補欠が2人加わり、計6人で練習してきたのだ。 「まだ、島のばあちゃん家だって」 「え、何で? 昨日帰って来るんじゃなかったっけ?」 「台風だろ。進路変わったから、船出ないらしいぞ」  頓狂な声を上げた知良(かずよし)の横で、屈伸しながら浩明(ひろあき)が突っ込む。  進路を東寄りに変えた大型台風9号は、ちょうど週末に掛けて列島を縦断するらしい。朝陽村にも、今夜遅くに風雨の影響があるとか……お陰で、夏休み最後の日曜日は、ラジオ体操も朝練も中止が決まっていた。 「遥斗(はると)ぉ、ドリル終わってるかぁ?」  準備運動の後は、グラウンドを軽く5周する。走り出してすぐに、左隣の知良が猫なで声で探りを入れてきた。 「うん、まぁ」  夏休みも終盤のこのタイミング――後に続くセリフが分からない筈はない。 「はるー、絵日記はー?」  右隣に並ぶと、浩明までが甘えたような声音を出した。 「えっ。描いてるけど……」  反射的に応えて、しまったと後悔する。まさか絵日記まで、写すつもりなのか? 「じゃ、はるン家に昼から集合な?」 「えー」  どうせ天気も荒れるし、予定もないけど、一応勿体ぶってみる。 「オレ、家で採れたスイカ持ってくから!」 「あ、ズルいぞ、(ひろ)! 僕もスイカって言おうとしたのに!」 「そんなん早いモン勝ちだろ!」  朝陽村は、農業が主幹産業で、野菜の生産と果樹園を兼業する家がほとんどだ。地域住民の連帯は密だが、子ども達が自覚する程、自然の他には何にもない村である。 「いいよ、俺、スイカ好きだから」 「やったー!」  うちはサラリーマンだから、朝練から帰ると自由時間が待っている。昼間のテレビは小学生には退屈だし、ネットはあっても、親の許可無しには繋げなかった。特別真面目だった訳ではない。宿題くらいしかすることがなかったのだ。  村では、ほとんどの子ども達が、家の手伝いをさせられる。草むしりや収穫作業、農家の夏は、猫の手も借りたい忙しさだという。  そんなクラスメイトの事情を知っていたから、俺はスイカの買収に甘んじた。 「じゃ、2時に遥斗ン家な!」  知良と浩明だけかと思いきや、何故か望と一朗も遊びに来ることになった。  朝練を10時過ぎに切り上げて、俺達はそれぞれの家に、ひとまず帰った。
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