4人が本棚に入れています
本棚に追加
朝陽小時代のことが、俺の中で特別な思い出なのは、小中9年間の内、一番長く過ごしたから……だけではない。
台風接近の予報が出ていた、夏休み最後の土曜の午後。リレーの練習を終えた仲間達は、俺の家に集合した。カズとヒロが宿題を写す傍ら、他の3人はテレビゲームに興じた。都会では珍しくもないゲーム機だが、朝陽村では持っている子どもは少なかった。
「遥斗ぉー、電話出てくれる?」
「うん」
キッチンから母さんが呼ぶ。仲間達が帰った後、夕食の支度を始めている。俺はゲームを片付けて、今日の絵日記を描いていた。
「はい、信田です」
「あ、遥斗君? うちの知良、遊びに行ったでしょ? まだ帰って来ないんだけど、お宅にいるのかしら?」
「え? いいえ。4時前には、皆と一緒に帰りました」
「……4時前?」
カズのお母さんの声が弱くなる。壁の時計は、5時を過ぎている。
仲間達は、風音が大きくなってきたので、雨が降り出さない内に帰宅した。カズの家は、ヒロと方向が近い。ウチからなら、歩いても15分かからずに着く筈だ。
「浩明君の所に訊いてみるわ。ありがとうね、遥斗君」
「はい。失礼します」
受話器を置いて、もう一度時計を見上げる。ウチを出てから1時間――道草するにしても、遅すぎる。
「遥斗、誰から?」
挽き肉の入ったガラスボウルを抱えたまま、母さんがキッチンから顔を覗かせる。今夜は、ハンバーグだな。
「カズのおばさん。まだ帰ってないんだって」
「えっ、まだ? 台風近いのに心配ねぇ」
「うん……」
互いに不安な視線を交わすものの、それ以上どうしようもない。
俺はテレビを点け、ニュースに合わせる。台風の予想進路は変わらないが、強風円が確実に近付いている。
それでも、この時点では、ヒロの家に寄り道してるんじゃないか、カズのヤツ、おばさんに叱られるぞ――なんて軽く考えていた。
ー*ー*ー*ー
最初のコメントを投稿しよう!