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「……え?」  ハンバーグが焼ける美味そうな匂いがリビングまで届いた頃、再び電話が鳴った。 「まだ、帰ってない?」  もうすぐ6時になる。外は既に暗く、時折ベランダの窓ガラスをバラバラと大粒の雨が叩きつけている。  電話の相手は、ヒロだ。 「3線道路の御堂前で分かれたんだ。アイツ、忘れ物したって言って。てっきり、お前ん家に引き返したんだって思ってた」  ヒロの声が焦っている。良く知る田舎道だから、1人でも大丈夫だと思った。彼の判断は責められない。 「家には、何も忘れ物なんかないよ」 「だよな……。今、うちの親父とカズの父ちゃんで、辺りを探してみるって。多分、お前ん家にも行くと思う」 「イチローと望にも話したのか?」 「うん。来てないって」 「そうか」 『ヒロー、お巡りさんが話し聞きたいって!』  電話口の奥から、彼のおばさんの呼び声がした。 「あ、うん! ハル、それじゃ」  そそくさと受話器が置かれる。無機質な切電音を繰り返す受話器を置いて、立ち尽くす。暗雲に似た言い様のない不安は、もはや追い払えない。  父さんが帰宅し、事情を話した。  7時前に、朝陽村は強風域に突入した。ずぶ濡れになったお巡りさんや、カズのおじさん達が、入れ替わり立ち替わり我が家を訪れ、俺も話しを聞かれた。 「明日の朝、強風域を出たら、村中の捜索をするそうだ」  すっかり遅くなった夕食をつつきながら、父さんが話す。テレビでは台風のニュースが流れ、隣県の増水した川の濁流が映っている。朝陽村にも小さな川がある。畑に水を引く用水路もある。万一、足を滑らせでもしたら――想像するだけでゾッとした。 「俺も行くよ」 「川が増水して危ないから、子どもはダメだ」  父さんは、厳しい顔で首を振った。  その夜は眠れなかった。夜通しうねり続ける風の音が、魔物の笑い声のように耳に付く。カズは、どこでどうしているんだろう。独り、嵐の中で震えているんだろうか。  ただひたすら無事を祈ることしか出来ない自分が歯がゆくて、やるせなくて、悔し涙が滲んだ。
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