怨念、滅し難き事

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怨念、滅し難き事

 20XX年,盛夏。  東京都下の幹線道路を東に向かう車の流れの中に、一台の黒塗りの乗用車があった。 「ふん、あいつも結局辞めてしまったな。あの程度のことで、根性の無いこった」  後部座席にふんぞり返っているのは、政治家の蛭山圭介である。  彼の言う“あいつ”とは、つい昨日辞職した前通商大臣のことである。与党議員として順調に当選を重ね、昨年念願の入閣を果たしたが、今年になって彼自身が関与した口利き疑惑が週刊誌に暴露された。当然、これは野党の格好の攻撃材料となり、連日のように与党側は国会の内外で追及を受けることとなった。政権の足下を揺るがしかねないとの危機感を持った官邸サイドは早急な幕引きを図り、因果を含められた前大臣は、国会運営に迷惑をかけた責任をとるという形で辞職を余儀なくされたのである。 「俺なら、絶対辞めたりせんよ。どうせ人の噂も七十五日さ。この国の国民は実に忘れっぽい。山岡の件だって、見ろ。もはや誰も噂にもせん。だからお前も安心していろ」 「そう願いたいです、本当に」 ハンドルを握りながら返事をしたのは、運転手の篠原である。 「何だ、まだ心配してたのか?」 「いえ、最近、慣れてきました。そうでないと先生の運転手は勤まりません」  蛭山はそれを聞くと、そうか、がははは、と下品な大声で笑った。  政治家たるもの清濁併せ呑めなければいけないとか言われるが、この蛭山は、濁流を泳ぎ回る為に生れて来たような男である。彼が政治家になった動機は、単純にカネの為である。この国の理想も国民の未来も興味が無く、彼の眼には、この国全体が巨大な集金システムにしか見えていないのだ。  世間でいう汚職という概念も、彼にとっては存在しない。なぜなら彼にとっては、それは決して"汚い"仕事ではなく、なすべきことを正当に行っているだけだから。もう一つは、もしもそういう話が露見しそうになると、あらゆる手段を使って、それを「自分に関係ないこと」にしてしまうから。こういう悪知恵においては、彼はまさに天才であった。  つい最近も、自らが関与した流用疑惑の責任を、全て秘書の山岡になすりつけ、自殺に見せかけて殺害したばかりである。殺害の実行犯は運転手の篠原であるが、指示は勿論蛭山によるもので、彼自身、ビルの屋上から落下する山岡の姿を現場でにやにやしながら眺めていた。  しかも、こういうことが初めてではないのである。運転手の篠原の"心配"とは、自分が関与した犯罪の露見もさることながら、専ら次に消されるのは自分ではないか、という恐怖でもあった。  新宿区に入ったところで、信号待ちのために車は停車した。 「山岡も気弱な奴だったな。そういう奴は何をされても泣き寝入りさ。俺なら化けて出てやるね。お前もそう思うだろう?はっはっは」 「…………」  普通なら、蛭山の軽口にお追従を返してくる篠原が黙りこくっている。蛭山は何となく違和感を覚えた。 「おい、返事ぐらいしろ」  蛭山の言葉に被せるように、エンジンを空ぶかしする耳障りな音が響く。 「おい、うるさいぞ!何してる?」 「…………」  相変わらず篠原は答えない。見ると、ハンドルにしがみついて、固まっている。額の横を冷や汗が流れ始め、奥歯がカチカチ音を立てて鳴り始めている。 「おい!」 「た、たすけて…………」 かろうじて篠原がかすれる声を絞り出した時、信号が青に変わった。  途端に、車はタイヤを鳴らして飛び上がるように急発進した。反動で、蛭山の身体はシートに押し付けられる。 「おい!止まれ!」  交差点の先頭で信号待ちをしていた車は、目の前に開けた、がらあきの道を急加速して行く。 「ばか!止まれっ!止まらんかっ!」 「うわあーっ!」  口を全開にして悲鳴をあげる篠原は、完全に制御を失っている。 そして、十分に加速した車は、急ハンドルを切ると、道路沿いのビルに突っ込んで行った……  数日後。  都内の静かな住宅地にある、こじんまりとした一軒家を、警視庁捜査一課の下村課長が訪れていた。 「いやあ、お忙しい捜査一課長様にわざわざお出まし頂くとは、恐縮ですな」 「それやめてくださいよ、峰岸さん」 そろそろ頭の薄くなってきた丸顔に満面の笑みを浮かべながら下村を迎えたこの家の主、峰岸善衛は、以前警視庁に籍を置いていた元警察官である。現役時代は敏腕刑事として名を馳せたこともあったが、無事に定年を迎えると同時に、これからは趣味に生きると言って、再就職もせずにさっさと隠居を決め込んでしまった。要は毎日を趣味に費やす悠々自適の退職者というわけである。 ところがその趣味というのが、一風変わっている。俳句でも旅行でもゴルフでもない。何かと言えば、巷に流布する怪談、奇談の収集なのである。  現役時代には、職業柄スリリングな話や、人間の悍ましい側面に関する話に接する機会は勿論有ったが、自分の担当事件以外にも同僚や関係者に「何か変わった話ないか?」と聞きまわる癖があり、当時から警察仲間からも少々変わった人物と思われていた。実際、彼が退職して怪談の収集を始めたと風の噂に聞いた者は、皆一様に「ああ、なるほどね」と笑いを浮かべながら、妙に納得したような顔をするのである。  とは言え、生来気さくで面倒見も良く、そしてどこかのんびりしていて温厚な人柄のせいもあり、退職後も元同僚や後輩との付き合いはずっと続いており、自宅にも頻々と来客がある。今日、一升瓶片手に訪れた下村も峰岸の捜査一課時代の後輩である。引退後もかつての同僚や知人、友人達が彼の好物である酒と様々な奇談、怪談を持って訪れてくれるのも、やはり彼の人柄のせいであろう。 「で、今日のネタはなに?」  峰岸の言うネタとは、勿論「妙な話」のことである。 「いきなりですか。相変わらず怪談となるとせっかちですねえ。じゃ、早速ですが、この間の蛭山代議士の交通事故の件、ご存知ですよね」 「勿論。流用疑惑の真っただ中で、秘書が自殺、真相がうやむやになりつつある中で、今度は当の本人が事故死ってことで、何とも後味の悪い幕切れだったな。マスコミも大騒ぎしてるけど、まあ、もうどうしようもないだろうな」 「ええ、結局、運転手も含めて、関係者二名が一挙に死んでしまったんですからね。奴を追っていた連中は、そりゃあもう悔しがってますよ。あいつ墓の中に逃げやがったってね」  それからひとしきり、蛭山の悪行の話が続いた。汚職、流用は勿論、更には複数の殺人事件への関与等々、それだけで本が一冊書けそうである。 「まあ、それはそれとして、あの事故は、普通の交通事故としては奇妙な点がいくつかありました」 「うん。それまで順調に走行してきた車が、信号待ちでいったん停車した。その後青信号に変わったとたん、急発進、暴走、道路脇のビルに突っ込んで一瞬のうちに車体が半分にぶっつぶれたんだよね」 「ええ。車体も遺体も損傷が激しくて、事実関係の調査には限界がありましたが、一応判ったことは、車自体に欠陥や異常があったとは思われない。発車前に空ぶかしがあったことも周囲の証言がとれてますので、やはり運転手が原因と思われます。一方、運転手の篠原の遺体からは、薬物もアルコールも検出されていません。自殺の可能性も否定はできませんが、周囲の証言では、彼が死にたがっていたとかいう話しは出てきませんでした」 「あとは一時的な錯乱とか?」 「それも調べてみましたが、特にそれを示唆する病歴は、ありません」 「うーん……、確かによく分からんね」  眉をしかめながら、峰岸は唸っている。 「ところがですね……」  下村は相手の目を意味ありげに見つめながら、一息入れると続けた。 「運転手の遺体に妙な点が見つかりました」 「妙な点?」 「ええ。明らかにおかしいんです……」  思わせぶりに声を低めながら、下村は続けた。 「両腕、及び両足首の辺りに、平行に走る四本の鬱血が見られたんです……」 「……それって、まさか」 「そうなんです。明らかに人間の手指で強く握られたことによる圧迫痕でした……」 「…………」 「人間の手は二つしかありません。両手両足を押さえつけるには、四つの手が必要ですが、蛭山以外に同乗者はいませんし、そもそも蛭山がそんなことをする理由がありません。一体誰があの跡を付けたのか……」 「……うーむ」 「勿論、この部分はマスコミには伏せてあります。運転手の一時的錯乱の可能性有り、ということになってますので、くれぐれもご内聞に……」  それから二日後の深夜。  峰岸はベッドの中でまどろみながら、下村の持ってきた話をあれこれと振り返っている。 (篠原も蛭山も、自ら死ぬようなタマじゃない。どう考えても、何か妙な力の仕業としか思えないが、一体何だろう……?)  あれから色々と思案を巡らせてはみたが、いかんせん、あまりにもデータ不足である。特に良いアイディアも浮かばないまま、眠くなって来る。 布団の中で、そのまま眠気に身を委ね始めたその時、峰岸は妙な違和感を覚えた。寝返りを打とうとしたのだが、身体が動かない。 (まさか!)  間違いない。どうやら金縛りのようだ。  そして、彼にとって金縛りとは、それと共に必ず現れる、かなり厄介なものの到来を意味する。 (またか!)  と、部屋の一隅がぼうっと青白く光り始めた。明らかに何かの個体が発光しているのだ。そして、それはたちまち人間のような四肢をもった形を取り始めた。 (ああ……また、来てしまった。)  その光に見る間に目鼻が付き始める。髷をゆい、裃を付けた、武家姿。老人のようであるが、背筋はしゃんと伸び、威厳に満ちている。鋭い眼光は、この人に嘘はつかない方が良いと思わせるような迫力がある。 「善衛。起きておるのだろう。狸寝入りはやめろ」 「これは、ご先祖様……」  現れたのは江戸時代後半に活躍した峰岸の遠い先祖、康衛である。貧しい旗本の家に生まれながらも、長ずるに及んで頭角を現し、勘定奉行、江戸町奉行といった要職を歴任した能吏であるが、一方、巷の奇談、怪談の収集家としての顔も知られていた。峰岸の怪談収集癖も、どうもこの先祖のDNAによるものらしい。 「まったく、還暦程度で早々と隠居なぞしおって。わしなんぞ町奉行まで勤め上げて、喜寿を過ぎても現役じゃったぞ。お前はせいぜい岡っ引きどまりじゃろう」  また、いつものお説教である。峰岸は小さくため息をついた。 (お言葉ですが、ご先祖様。現在の東京の人口は江戸時代の10倍程です。警察官の数も制度も違います。少々、状況の違いをご認識ください。) 堂々と反論した。但し心の中で。 「はい、申し訳ございません」  いつものルーティンを口が自動的にしゃべる。  この”怪奇現象”が屡々就寝中の彼を襲うようになったのは、定年を迎えてからのことである。熟睡中にいきなり先祖がコンタクトしてくることにより、峰岸の意識と肉体が感覚遮断を起こし、金縛りに類似した反応を起こすのであるが、先祖としては勿論そこまでを意図したものではない。それにしても、熟睡中にいきなりたたき起こされる峰岸としては、少々閉口気味ではある。  それを鬱陶しいと思う一方で、彼にとって、この現象は大変貴重なものでもある。何と言っても、町奉行まで務めた人間の肉声は、色々な意味で情報の宝庫なのだ。江戸時代のものとは言え、その内容は警察業務に関わった者にとって、いや、ひとりの日本人にとっても、非常に興味深いものであることは認めざるをえない。 「で、お前としては、目星はついておるのか?」 「……は?」 「とぼけるでない。例の代議士の事故の件じゃ」 (げっ!なんで知ってるんだ?) 「何でもご存知なんですね……」 「そう嫌な顔をするな。わしとて、お前に小言を言うだけのためにわざわざ出てくるほど暇ではないわい。実はあの件、少々わし自身にも関わりがあるでな。色々と知っておきたかったのじゃ」 「ご先祖様ご自身に関わりが?」 「うむ。まあ、仔細はおいおいわかるじゃろう。で、現場は行ってみたのか?」 「いえ、まだ……」 「何故行かんのじゃ?お前も現役時代、“いいか、現場百回だぞ!”とか後輩に偉そうに説教垂れておったろう?折角現場が近くにあるのに、話の収集だけで終わっては勿体無いと思わんか?どうせ暇であろうが」  始まった先祖のお説教に、峰岸は一言も言い返せない。いつものことである。 「は、はいはい、では明日にも早速行ってみます」 「そうしてみろ。必ず何か掴める筈じゃ。では、また来る」 そう言うと、先祖は、すうっと消えてしまった。帰る時は割とあっけなく消えるのである。多分せっかちな性分のせいだろうと峰岸は思っている。 「しょうがない。まあ、とにかく行ってみるとするか……」  翌日。新宿区の事故現場を歩く峰岸の姿があった。  まずは、車が突入したビル。車が激突した場所の外壁は、大きく割れ欠け、衝突のすさまじさを物語っている。  ただ、衝撃の激しさの割に、ビルの他の部分の損傷は殆ど無い。そもそも、いきなり急ハンドルで道路沿いのビルに突っ込んだ割には、歩道の歩行者にも、ビルを出入りする人間にも、全くけが人が出なかったのは、奇跡に近い。 (そこも、不思議と言えば不思議だよな……)  峰岸はそこから西に向かって歩き始める。事故現場を起点に車が辿った道を逆方向に歩きながら、遡って調べてみようと思ったのである。  特に変わった物は感じない。交通量の多い、ごくありふれた都心の道路の退屈な風景が、淡々と続いていく。  車が急発進した交差点に着く。矢印式信号機のある、ごく普通の交差点である。たまたま赤信号なので、先頭に停車している車を眺めてみる。  これも特に変わった様子はない。信号が青になると、何事も無く発車して、普通に車が流れて行く。 (どうせご先祖様は、もう全てを知った上で、俺自身の答案を考えてみろと言ってるんだろうが……。参ったな。何も浮かんで来やしない……。)  とうとう新宿区と中野区の境界まで来てしまった。小さな川が区の境界になっていて、橋がかかっている。大きな幹線道路の一部をなすその橋は、川幅が小さい為、横幅が広く、縦に短い、ずんぐりした形になっている。  橋のたもとに、この橋の由来を記した小さな看板がある。何気なく足をとめた峰岸は、傍に行ってそれを読んでみた。 (うん?)  由来は簡単なものであったが、何かひっかかるものを感じる。もう一度最初から読んでみる。 (……これは、ひょっとしたら……)  何か重要なヒントを得たような気がしてきた峰岸は、もう一度由来を読んでみた……。  その夜。  峰岸はいつもと違う気分で布団の中にいた。普段は鬱陶しいと思う先祖の来訪を、今晩は何故か心待ちにしている。例えてみれば、子供が学校で褒められた宿題の絵を早く親に見せたがっているような心境に近かった。  はたして、前日とほぼ同じ時刻に先祖の康衛が現れた。 「どうじゃ、何か掴めたか?」 「お待ちしておりました」  珍しく積極的な峰岸は、単刀直入に自分の考えを先祖にぶつけてみた。 「運転手の手足を掴んで事故を起こさせたのは、淀橋のあたりに彷徨い続けていた怨霊でしょうか?」 「うむ」  先祖は、大きく頷いた。  淀橋。某家電量販店の社名でも知られているが、もともとは現在の新宿区の一街区の旧地名である。そして、まさにその地名の由来となったのが、今も神田川にかかる淀橋である。勿論現在はコンクリート製の橋ではあるが、その起源は古く数百年に遡る。 「もう知っていると思うが、もともと、あの橋は”姿見ずの橋”とか言われておってな。その昔、わしが生まれるよりもはるか昔に、その名も中野長者と呼ばれた大金持ちがまさしく中野の辺りに住んでおった。こいつが、財産を隠すために、何度も人足を使い、橋を渡って少しずつ財宝を運ばせては、埋めさせた。そして、その帰りに、口封じの為に、この橋の上で人足を斬り殺しては、川に投げ込んでいたのじゃ。人足の姿が二度と見られないことから、”姿見ずの橋”などと呼ばれるようになったわけじゃ」 「それが、三代家光公が鷹狩りでこの地を訪れた際、それはいかにも良くない名前だから、変えるようにせよ。ここら辺の景色は、何やら淀川を思い出させるからそれに因んだ名前でどうか。との仰せで、それ以来この名前になったのですよね」 「そうじゃ。ところが斬り殺された人足のうち、雇い主に殺された恨みを抱えたまま、ずっと橋のあたりに迷い続けていた者達がおったのじゃ。そこに最近絡んできたのが、例の殺された山岡という秘書よ。あやつも深い恨みの念のために成仏し損ねたわけじゃ。だが、臆病すぎて、蛭山に直接祟りを成すほどの力も無かった。そうするうち、主に裏切られた恨みを持つ山岡の念と人足達の念が響き合い、奴らを引き合わせ、山岡と共謀した人足達が実行に及んだというわけじゃ」 「なるほど……。それにしても数百年前の恨みと現在の恨みが共謀するなんて……あまりにも突飛な話で、実感が湧きません」 「どれだけ時が流れようと、人の心や営みに大した違いは無いという事よ。少々生活や道具や言葉使いが変わっても、恨みつらみの感情は本質的に変わるものではない。何百年も離れた人間同士であっても簡単に共鳴できるのじゃ……」  一応の説明がついたことに、峰岸はとりあえず安心した。だが、しかし……。 「それにしても、被疑者が霊体とは……。これでは、とても逮捕は無理ですね」 「案ずるな。わしがとっくにしょっぴいた」 「えっ?ご先祖様がですか?」  意外な展開に峰岸は驚く。 「うむ。まず、人足二名と秘書の山岡。各々主に裏切られ殺された無念、酌量の余地はあるが、やはり世間を危険にさらし、人を殺めたこと、見過ごしにはできん。無論、同時にあの蛭山と篠原という奴らも引っ括った。いや、往生際の悪いやつじゃな、あの蛭山というのは。私めは被害者でございます、どうぞ公平な御沙汰を、とかしゃあしゃあとぬかしよった。わしが奴の現世の悪行を並べ立てて、全てお見通しであるぞ!と一喝してやったら、流石に観念したがな。これにて全員、閻魔庁に引き渡した。今頃は各々お裁きの後、地獄で相応の責め苦を受けてるじゃろうて」 「そうか、ご先祖様にも関わりがあると仰っていたのは、こういうことだったんですね……。それはどうも、お手数をお掛けしまして、有難うございました」 「礼には及ばん。もともと奴らの処分はこっちの領分じゃ。お前達のいう ”カンカツ”よ。ふっふ」  軽く笑った後、先祖は続ける。 「善衛よ。この国には、はるか昔から、その地と民の安寧を護り続けているお方が、至る所におられる。わしも、その一部をお手伝いしているわけじゃ。お前もいつかはこっちに来ることになるが、その時は是非わしのことを手伝ってほしいと思う。お前も、仮にも世の中の治安を守る勤めを果たしていたのだからな……」 「はあ……」  今ひとつ峰岸の歯切れは悪い。あまりにも突拍子もない話で、現実感が無いのだ。 「しかし、私ごときがご先祖様のお手伝いなど勤まりますでしょうか?」 「何、心配することはない。段々に慣れればよい。何なら、早めに慣れるために、今すぐ来るか?」 「いえいえいえいえ!まだ、まだ、結構でございます!どうかご勘弁を!」  慌てる峰岸の姿に先祖は大笑する。 「まあ、その時までは、のんびり怪談の収集をやるのも良かろう。事前の勉強の足しぐらいにはなるかもしれん。それでは、せいぜい励むがよい」  先祖はそう言うと、例によってあっけなく消えて行った。 (言うだけ言ってさっさと帰っちまった。本当に、せっかちだなあ……)  ともかくも事の”真実“を知ることが出来た峰岸は、さてこれを下村課長にどう話したものかと思案を巡らせ始めていた。 [了]
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