第一章 理由

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少し考えこむ様子の真木さん。 眉間にシワをよせ、黙って運転していた。 でも、ウィンカーを出しハンドルを切って、左折した後で返事をしてきた。 「わかった。そのかわり秘密厳守で頼むよ」 私が誰かの秘密を話せるような人間は、この世に1人もいない。それにあえて真木さんの秘密をもらす意味がなかった。 「はい」 お金なんかもらわなくたって構わない。 どっちにしたって彼氏のいない33歳の女だ。 偽の彼女の役を演じる気になったのは、単なる好奇心からだ。 私みたいな女は、真木さんみたいにイケメン過ぎて有名な男性の彼女には一生なれないだろう。こういう頼まれ事でもない限り一生話す事もなく、関わりのないタイプの男性だ。真木さんは、いわば日向の匂いがする男性。 だが、日向の場所にいて、いつもチヤホヤされている真木さんに世間には知られていない部分があった……。 しかも、世間の女性たちが落胆するような秘密。そして、その秘密を知る者は、きっと極少数に違いない。 私は、真木さんの横顔をちらりと眺める。 ゲイだとカミングアウトした男性を初めて生で見た。 なんだ、何も変わらない。 いつも会社で遠巻きにしか見たことがなかった爽やかな真木さんが近くにいた。 「じゃ、早速だけど今日、親に会ってくれる?」 偽彼女として初めて演じるのには、いきなり過ぎる。ハードルが高そうな本番に少しばかり面食らっていた。
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