第一章 理由

3/6

1321人が本棚に入れています
本棚に追加
/177ページ
その後、私と歩美は『姉妹なんだから仲良くしなさい』と両親に仲裁された。 両親には先輩が来ていたこともキスのことも伏せていた。ただ、姉妹で口論になり、歩美が「ムカついたから投げた」と両親にグラスを投げた事を説明したのだ。 怪我をさせたことに対して、歩美は両親からひどく怒られて泣いた。 「私の方が悪いから、歩美を怒らないで」と私は両親に懇願した。 先輩とキスしたのは、もちろん私の意図するところではない。偶然起こった間違いにすぎない。 それでも、私は歩美の彼氏とキスをしてしまった。その事実は、この先も決して消えることはない……。 あの出来事は、お互いの心に大きな傷跡を残して今もなお、その傷が癒える事はない。 それは、私の左側のこめかみに残る縫い痕と同じで、きっと一生治らない。私は、そう思っている。 でも、あの出来事のおかげでいい事もあった。 左のこめかみを見れば私が朝子だとすぐにわかる。私達は一気に見分けがつくようになったのだ。 そうは言っても、あえてその傷を見せる事を私はしたくなかった。 醜い傷痕は、人に不快感を与える。不快感は人を不幸にする。 だから、大抵髪をロングにしてまっすぐにおろしている。これだと風が吹かなければ傷が見える事は無かった。 歩美は、あれから徐々に夜遊びが増え、男関係も盛んになった。両親には、ばれないようにうまくやっているようだが、徐々に派手になる服装や化粧に私は不安を感じていた。 社会人になっても私達の関係は、ギクシャクしていた。フリーターの歩美に派遣社員の私。 金銭的な余裕もなかったから二人とも実家で暮らしていた。 就職に困っていた矢先、会社を経営している羽振りのいい叔父に誘われた。 「朝子ちゃんも歩美ちゃんも、うちの会社に来ればいいよ」 叔父の好意に甘える形、いわゆるコネで同じ会社へ就職した。 私としては、非常にやりづらかった。 でも、正社員になれるなら、あの家を出られるならと、仕方なく選択した道だった。
/177ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1321人が本棚に入れています
本棚に追加